艦砲と装甲 補足説明

2015年7月14日公開    2020年1月大幅改稿

本ページは管理人がサークルHPを悪用して作った妄想の塊、怪文書こと「艦砲と装甲(略)」の補足説明をするページです。怪文書の概要はこちらのページで
今までは各ページにも、松前城の搦め手並には予防線と言い訳を廻らせていましたが、それだけでは説明できない点などを中心に書いていきます。
(2020年)とりあえず補足として機能していないように感じるので、最初になるべく簡潔に要点をまとめたのち、ページの最後かリンク先に「補足の補足」を用意する形に改稿。

目次
怪文書の補足(すぐ下)
装甲配置関連
懺悔集(訂正箇所)
参考資料
メモ、電波

一応こっちにも
・トップにある通り、このページでは各艦艇の主砲貫通力と重要区画を守る装甲を比較、艦の持つ「安全距離」を基準に優劣について考える不毛なページである
・もちろん重要区画の防御だけで戦闘時の優劣が決まるとは言い切れない。ここで扱う弾薬庫や機関部が無事でも、被弾時には何らかの被害が発生して戦闘能力に影響を及ぼした例は数多く確認されている
・基本的に重要区画を守る装甲や隔壁、一部構造材のみを防御構造として計算。それ以外の燃料や機材などは除外
・表に使用した部位以外から重要区画へ達する砲弾のルートも存在する。そのすべては扱う事は出来ないが、補足のページにて触れた物に関しては解説内でもなるべく扱う事とする
・実戦において垂直装甲は横方向の角度が付いた状態で被弾しやすい為、表よりも広い安全距離を持つ可能性が高い
・同じく艦の動揺や浸水による傾斜でも命中角度は変わり、安全距離も変わってくるが、これらも無視
・バーベット装甲は円筒形の形状により、通常の装甲よりも対弾性能は高い。日本海軍の記録よりここでは1.1倍相当で計算している (カッコ内は元の数字)
・重要区画に達する前に砲弾が爆発してしまうなど信管の性能についても無視、砲弾の変形破損などによる不発化や貫通力減少も考慮せず
・表の安全距離については0.5km刻みで掲載。文字色は垂直装甲は18.5km以下青字、23km以上赤字、水平装甲は30.5km以上青字、25km未満赤字とする
・有りえないとは思うが、本ページを話のネタやソースに使って電波扱いされても責任は取れない。どこまで本気にするかは自己責任でお願いしたい
ここまで面倒な文章を読んでくれた物好きな方は、下の本題へどうぞ

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・重要(2018年8月21日)

確認できる限り、本ページで使用させてもらっているNAaB1.3は2.1へと更新されている。
よって18年8月現在までに作成されたページにおいて、表の結果はすべて旧式版を用いたものである事を了承してもらいたい。

元々コマンドプロンプトが使えずに、このページではfacehardの更新内容を追うのをあきらめていたというのもあるけれど、今からすべてを反映し直すのは難しい。
ただ大きく変わっている部分に関してはなるべく反映させる気はあるので、しばらくは変更すべき箇所を調査していく予定である。

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怪文書の補足

・用語について
これも補足というか謝らなければいけない事だが、本編では誤解を招きやすかったり、本ページ独自の使われ方をしている用語についても、本来の意味を殆ど解説せずに書き進めている。
一応「艦砲と装甲」用語集にて一部を補足しているが、現時点でカバーしているのは一部である。
残りの多くの単語については、学術的な文章だった場合にはあってはならないことだが、あくまで常識の範囲で各自認識してもらいたい。

・単位・数値について
同じく言い訳に近い注意点として、本ぺージで使用している一部数値も誤解を招く部分が存在する。
もちろんメインで扱っている装甲厚についてはなるべく正確性を保つよう努めているが、後述するポンド(lbs)表記の解釈によってズレが出ているほか、また装甲の傾斜角度についても一部反映できていない部分が存在する。(傾斜装甲を採用していない艦の舷側装甲でも、艦首尾などは船体形状に合わせて傾斜するのが普通だが、本ページでは基本傾斜なしとして扱っている)
そして非常にいい加減な記述になっているのが排水量である。常備、満載、基準、公試といった艦の状態における違いは一応明記しているが、一部文脈頼りになっている部分もあり、また全体的にロングトン(英トン)とメトリックトン(仏トン)を混同している。これについては現時点で修正は出来てない。

・甲板名称について
用語集でも述べているように、甲板の呼称は日米英海軍などでそれぞれ異なるものだったが、本ページでは以下に統一する
船体を構成する甲板の内、艦首から艦尾まで全通する物の中で最も上に設けられたものを上甲板、その一段下を中甲板、さらに一段下を下甲板とする下甲板よりさらに下以降は順番に第一船倉甲板第二船倉甲板・・・と続ける。
甲板名称の中には本ページで言う中甲板を主甲板(メインデッキ)、下甲板を中甲板、船倉甲板を最下甲板(オーロップデッキ)と呼ぶ方法も存在するが、本ページではこれは使用しない事とする。

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・安全距離の変動 

ここから補足らしい内容に入るとして、まずは安全距離という概念そのものに関する注意点を。

最初に述べた通り、本ページは基本的に各戦艦の持つ安全距離を元に評価を行っている。
これは例えるなら、A艦はB艦の主砲に対して20kmから30kmまでの距離で耐えられるのに対して、B艦はA艦の主砲に対して24kmから27kmまでしか耐えられないと言う結果になったとする。この場合、想定される交戦距離における安全距離はA艦の方が広く、戦闘時には優位であるとする論法である。

この方法は一種の指標としては一定の価値を有すると思われるが、実戦での安全距離は命中時の様々な要素によって変動する。
その要素とは装甲板の継ぎ目への命中や船体構造の有無による対弾性能の増減、想定外での距離における交戦例の存在、艦の向きや傾斜による命中角度の変化など様々であり、一部は以下で詳しく取り上げたい。

そしてA艦とB艦が実際に戦った場合にも、A艦は装甲側に不利、逆にB艦では装甲に有利な状態で命中するなどして、上で比較した優劣とは異なる結果になる可能性がある点に注意である。 
仮に複数命中弾があれば、案外増減が相殺しあって平均値になるかもしれないが、その場合にせよ命中弾ごとにブレ幅ができるだろう。

つまり結局の所安全距離とは、あくまで艦の戦闘力を示す指標の一つに過ぎないもので、実際の戦闘では色々変動するので絶対的な物とはとても言えない。その点は忘れないでほしい。

・戦艦の交戦距離について
上で「想定される交戦距離」という言葉を使用したが、当時の戦艦同士が砲戦を行う場合、想定される距離は具体的にどれくらいなのだろうか。
その点については当然国ごとの方針によって大きく異なるものだが、本ページでは日米海軍などの想定に近い近側2万、遠側3万ヤード(約18.3km~約27.5km)を一種の基準としている。

ただしこのページを見ている方には常識かもしれないが、第二次大戦時は大規模な戦艦同士の艦隊決戦が実現しなかった事もあり、実際の戦闘において命中弾が発生した距離は、その基準よりも近い例が多数であった。
具体的な記録は補足の補足にまとめた通りであり、間違いなく一次大戦期よりも交戦距離並びに砲撃精度は向上しているが、20km台後半で簡単に命中弾が期待できるかは怪しい所である。
という事で本ページの言う「想定される交戦距離」は、特に遠距離において一部机上の論理を含んでいる事は否定できない。

一方第二次大戦時では日中だけでなく、夜戦にて戦艦同士の戦いが起こる可能性も十分に存在する。
こちらの場合、補足の補足を見る限り遠距離での命中弾も不可能ではないが、多くの場合昼戦よりもさらに近距離、10km以内での戦闘も想定される。
そのような距離では戦艦主砲とも言えども水平装甲を貫通する事は考え辛いが、逆に垂直装甲への威力はいかなる艦の想定をも上回るものになる。
一応実戦ではサウスダコタのバーベットが霧島の14インチ砲弾の貫通を防いだ(砲塔の機能には支障が出たが)例などもあるが、基本的には一定の性能を持つ戦艦主砲に対して、大和型を含め垂直装甲は防御力不足になる可能性が高いだろう。

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・装甲部位について

このページで安全距離の計算に使用する装甲部位は、シンプルに言うと2種類に分けられる。
・船体の内、弾薬庫や機関部といった特に重要な部位を収めた、重要区画(バイタルパート)守る装甲
・攻撃力の要である主砲塔を守る装甲
もちろん艦の生存性であったり、戦闘・航行能力の維持に必要な部位は他にも存在する。
しかし補足の補足においてまとめたように、重要度は上記2つには劣るか、そもそも重装甲を持たない事から比較自体が不可能という事で、簡略化の為に上記二つを対象としている。

そしてこの重要区画並びに主砲塔設けられた装甲を、さらに部位ごとに分けたのが以下の8つ(+2)である。

1 垂直装甲(弾薬庫)
2 垂直装甲(機関部)
3 砲塔前盾
4 バーベット(露出部)
5 バーベット(艦内部)
6 水平装甲(弾薬庫)
7 水平装甲(機関部)
8 砲塔天蓋 

上部装甲帯 → 甲板
上部装甲帯 → 傾斜部

(言い訳)本当は被弾面積に占める割合などを計算して、重要度の評価などを行う事が出来ればよいのだが、管理人の能力不足により出来ていない。
それらの部位は艦ごとに被弾面積が違うのはもちろんの事、命中した砲の弾道特性や艦の向きでも大きく変化するので、管理人の能力では一生かかっても無理だと放置してしまっている。

各部位の詳細
ここでは模式図を用いて、各部位へ命中する砲弾のルートを紹介したい。
その上で重要な点としては、各艦が有する装甲配置の違いが命中部位に与える影響というものは当然大きいもので、特に下の「装甲配置関連」で述べる「集中防御様式」の有無によって左右される部分が大きい。
そこで今回は模式図に「集中防御」と「非集中防御」の二つの装甲配置の例を使用。前者は米標準型戦艦のペンシルヴァニア級(竣工時)、後者は英海軍のフッドを模した図を使用している。
(ただ画像自体は参考資料が一部ツギハギであったり、細かい部分は想像で書いたり省略した部分があるなど、正確性は保証できないものである。あくまで模式図としてみてほしい)
細かい点は実際に下の図を見てもらえればと思う。

※貫通時の弾道は条件によって屈折する事が知られているが、図は簡略化の為直線で表記。一応計算時は反映しているので安心して欲しい。

「垂直装甲」
部位としての「垂直装甲」は艦の舷側等に設けられた垂直装甲の内「水線部の主装甲帯に命中後、背後の防御構造を突破し重要区画へ達する」ルートと定義している。
図1であれば、図2はの矢印にあたる(図3・4では省略)。
「背後の防御構造」は基本的に甲板の傾斜部や縦隔壁などを想定。ある距離で主装甲帯は抜かれたとしても、ここで砲弾を止めて重要区画が無事であるのなら、その距離は安全距離に含まれる事になる。
なお図1の③のように「主装甲帯→甲板の水平部」というルートが存在する場合もあるが、計算が非常に面倒である事もあり、一部例外を除いて安全距離の計算は行っていない。

「砲塔前盾」
主砲塔の内、砲身を収めた砲室の正面装甲から砲塔内へ達するルート。なので砲室前盾の方が厳密には正しい気がするが、ここでは砲塔前盾の表記を使用。
この部位の装甲は完全な垂直ではなく傾斜している事が多いが、傾斜の向きは舷側の傾斜装甲とは逆に上部が後方に下がる形である。この場合は傾斜角と砲弾の落角が打ち消しあうので、交戦距離によっては近距離よりも遠距離の方が命中角度が深くなる事が考えられる。

「バーベット(露出部)」  
主砲のバーベット、つまり砲塔旋回部を囲う円筒装甲の中でも、甲板上に露出した範囲の側面部分に命中し、砲塔内部に達するルートと定義。図3の③、図4の③が該当する。
一般的にバーベットの中でも最も厚い部分への命中例という事になる。
この部位は円筒という形状から、通常の垂直装甲よりも命中角度が浅くなりやすい。これを反映して実寸の1.1倍扱いで計算しているが、自信がないので元の数字も掲載。

「バーベット(艦内部)」
こちらは主砲バーベットの内、別の装甲の内側にあるなどの理由で減厚している部分に命中して、砲塔内部に達するルートである。
これに該当するのは、図4の⑤⑥のように「舷側の垂直装甲を貫通後に命中」する場合、④のように「甲板の水平装甲を貫通後に命中」する場合に二分できるが(実際は矢印を引いてない別のルートも)、ここでは前者の舷側の垂直装甲を貫通後に命中」する場合を表に使用している。

「水平装甲」 
部位としての「水平装甲」は艦の水平装甲の内、甲板装甲のみを貫通して重要区画に達するルートと定義している。図1・2の①、図4の⑦が該当する。
図1の②のように、非装甲の船体外板に最初に命中後、甲板を抜いて重要区画に達するルートもあるが、こちらは表には用いない。

なお矢印を引いてない部分になるが図3や図4左の場合、砲塔や垂直装甲などがある都合で、甲板のみを貫通して弾薬庫に達するには非常に大きな落角が必要に思えるかもしれない。
確かに図に表した部分ではそうかもしれないが、実際は弾薬庫上でも砲塔がない部分なら、それなりの落角でも甲板のみ破って弾薬庫に達する事は可能だろう。図4左の場合は垂直装甲が高い位置にある事からそれでもキツそうだが、甲板が一段下がる右図(後部副砲弾薬庫)では⑦のように普通に達する部分も存在する。
他には艦が右側に傾斜していた場合、傾斜の分だけ実質的な落角が増加する可能性がある事 (これについては下で改めて扱いたい)。艦の進行方向と砲弾の命中角度が垂直でない場合(つまり横方向の角度が付いた場合)、砲弾のパス長が伸びる分艦の深い部分まで進む確率も上がるだろう。

「砲塔天蓋」
主砲砲室の上面装甲を貫通して砲塔内に達するルート。こちらも砲室天蓋が正しいかと思われる。図3・4の①が該当。
船体の甲板と比べると、基本的に一層のみである全体もしくは一部が傾斜する事が多いのが特徴である。

表では扱わない部位
以下は被弾した場合間違いなく艦の戦闘力や生存性に影響する部位だが、諸事情(主に面倒だからという管理人の怠慢)で表には載せていない部位である。

「上部装甲帯→甲板」
艦の垂直装甲の内、主装甲帯よりも上部にある薄い装甲帯(上部装甲帯)に命中後、甲板の水平装甲を経て重要区画に達するルートと定義。図2の②④が該当する。
このルートを含め、基本的に垂直装甲と水平装甲が複合的に絡むルートは計算が面倒で諦めてしまっている。だが図2・4などを見ればわかるように、艦によっては無視できない被弾面積を持つ部位である事は間違いない。
なおこのルートは上部装甲帯を持つ事が条件となるので、基本的に集中防御艦では発生しない。(代わりに「船体外板→甲板」になる) 
なので海軍休日以降の新型戦艦をメインにした場合(ビスマルク級以外)無視しても良いのだが、戦艦と言う兵器全体の防御を論じる場合は見過ごしてはいけない部位だろう

「上部装甲帯→傾斜部」
上部装甲帯の中でも、主装甲帯との境目付近に命中後、甲板の水平部分ではなく装甲帯の下端に接続する傾斜部に命中して重要区画に達するルート。図2の③が該当。
甲板の水平部分に命中する場合よりも撃角が深い物になる事から、防御的には「上部装甲帯→甲板」よりも弱体になる可能性が高い。
もちろんこのような場所をピンポイントで貫く確率自体は非常に低いが、大きな弱点になりうる場所である。(ちなみに本文でも書いたが、フッドは1919年に行われた模型実験でこの被弾ルートの危険性を指摘されている)

このルートが発生しやすい装甲配置の条件は、当然主装甲帯だけでなく上部装甲を持つ事。主装甲帯の上端に厚い水平装甲が接続せず傾斜部となって下端に接続する事。そして主装甲帯の範囲に対して傾斜部が高い位置にある事である。(逆に主装甲帯が傾斜部よりずっと高い位置にある場合、通常の落角でこのようなルートは発生しないだろう)
 
「船体外板→甲板」 
図1の②.上述した通り、表では甲板のみを貫通するルートを表の「水平装甲」として採用しているが、こちらの被弾確率自体も結構あるはずである。
このようなルートの場合、最上段の甲板に補助的な水平装甲を持つ配置の艦は、表の「水平装甲」よりも防御力を減じる可能性が高いだろう。(北岬沖海戦でのシャルンホルストの損傷原因である可能性あり) 

「甲板→バーベット」
図3・4の④。上述した通り計算の面倒さから採用せず。

「前盾・天蓋以外の砲室装甲」 
具体的には側面、後面、床面の装甲など(図なし)。
基本的に砲塔は交戦相手(正確に言えばその未来位置)に指向すると思われるので、その相手からの攻撃はほぼ正面から飛来する事になる。その場合前盾と天蓋以外の砲室装甲には命中しないか、極めて浅い角度での命中になるのが自然として省略した。
もちろん床面はともかく、残りの二つは複数の艦が入り乱れた乱戦であれば被弾する事はあるだろうし、戦列を組んだ戦いであっても、自艦が砲塔を向けた相手以外から砲撃を受けた場合、より深い角度で命中する可能性もあるだろう。

「煙路・通風筒防御」
甲板の水平装甲にある開口部から機関部など重要区画に達するルート。図なし。
この部位については別ページに大まかな防御様式の変遷をまとめたが、把握している艦が少なすぎるので省略となった。

「水中弾」
着水後の砲弾が水線下の非装甲もしくは装甲が薄い箇所を貫通、重要区画に達するルート 。図1の⑤、図2の⑥が該当する。
水中弾に関しては架空戦記チックな印象を持っている方もいるかもしれないが、別ページでもまとめているように実戦でも稀によくある程度には発生する現象であり、その威力は艦の致命傷になり得る事を証明している。一次大戦以降の海戦においては十分な影響を及ぼすものと考えて良いだろう。
ただ具体的な発生条件や弾道、威力などを管理人が把握しておらず、現時点では安全距離を求める事は出来ていない。一応上のリンク先で水中弾防御と各国の採用状況については論じている。

「前・後部横隔壁装甲」
艦のバイタルパートを守る装甲の内、前後に設けられた横隔壁装甲に命中して重要区画に達するルート。図なし
この部位は敵に舷側を向けた戦闘では基本的命中弾が発生しない事、艦首尾を向けた戦闘であっても完全に真正面からの命中弾は考え辛い事、装甲配置によっては艦首尾の装甲と複雑に絡み合うルートである事などの理由で表には含めていない。

このように
表に乗せていないが重要な部位が非常に多い。この点は完全に管理人の怠慢の結果であるので、ここで強調しておきたい。
一応これらの部位については可能であれば、別ページでまとめたり、本文の解説内でなるべく触れるように努力したい。(特に上部装甲帯への命中弾は重要なので、該当艦に関しては基本触れる方針である)

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・装甲厚の見方について

本文における各部位の装甲厚の見方についても説明すると、例としてフッドではこのような表記がなされている。
垂直装甲 305mmKC+19mmHT×2 傾斜12度 → 32mmHT+19mmHT傾斜30度内傾
水平装甲(弾薬庫) 38mmHT → 32mmHT+19mmHT  → 25mmHT+32mmHT+19mmHT → 32mmHT +19mmHT ≒ 133/111mmHT

これは上の図だと、「垂直装甲」は図2のもしくは弾薬庫の⑤、「水平装甲(弾薬庫)」は画像の都合で矢印はないが、図4左の各甲板を貫くルートである。
垂直装甲の場合舷側の主装甲帯とその後ろに控える甲板傾斜部(本当はさらに奥に縦隔壁もあるが省略)、そして水平装甲は各甲板(船首楼、上、中、下甲板の四層)の装甲を列挙している。

各装甲は厚さ(ミリメートル表記)、材質、傾斜角の順に記載する。
傾斜の表記がないものは基本的に傾斜なし、つまり垂直もしくは水平であり、垂直装甲で内傾と付く場合は上端が艦の中心線に向かって傾斜するものを表す。

次に記号類について、「→」はそれぞれの装甲間に空間があり、最初の装甲を貫通後に次の装甲に当たるという意味である。
「+」はその装甲が一枚板ではなく、複数枚を重ね合わせたものである際に使用している。なお各装甲板の厚さと材質が同じ場合、「+」ではなく「×」を使用することもある。

つまり例に出したフッドの垂直装甲を解説すると、
砲弾はまず12度傾斜した305mmのクルップ鋼(と19mm高張力鋼二枚重ねのバッキング)からなる主装甲帯に命中する。
これを貫通した場合はさらに30度内側に傾斜した中甲板傾斜部(32mmと19mmの高張力鋼の貼り合わせ)に命中し、それすら貫通した場合は艦の重要区画に達するという事になる。
バッキングは鋼材の他にも木材やセメントなどが用いられるが、詳しい厚さ等が分からない例も多く、艦によっては構造材自体を省いて計算してしまっている例もある。

また水平装甲は一枚板に換算した「≒」の厚さで計算しているが、これについては下で改めて説明する。

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・装甲材質について
→ 文量が増したので別ページで独立 戦艦用装甲の材質などの話

まあ重要な点は装甲厚が同じであっても、用いる装甲の性能が異なる場合、その防御力も異なるという点である。
戦艦が用いる装甲は一時期よりクルップ浸炭鋼・非浸炭鋼をベースにした鋼材が基本になるので、同時期の装甲であればすさまじい差が生じるわけではないが、多少の性能差がある事に違いはない。
(尤もその性能差も、砲弾との相性が少なからず関係するので「○○装甲は××装甲の1.2倍に相当」みたいに絶対的な指標を示すのは危険である面も)

なお部位によっては防御用に軟鋼(MS)、高張力鋼(HT)、デュコール鋼(DS)など、構造用鋼を用いる場合もある。これは装甲用の鋼材と比べると防御力にはかなり劣るので、そういった部位は特に厚さと防御力を区別する必要があるだろう。

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・水平装甲の一枚板換算について

上でも書いた通り、表の「水平装甲」は基本的に、各甲板に貼られた複数の装甲から構成されている。
その中で使用材質の違いや一枚板と重ね合わせの差があるので、単純に合計厚のみで評価することはできない
それに加え一層づつ計算していくことの手間を考慮した結果、本ページでは基準となる材質(主に使われている、もしくは一枚板で最も厚い物)の一枚板装甲に換算して計算を行っている。

ここでもフッドの弾薬庫を例にすると、同艦は前部弾薬庫上に四層の装甲があり、各自高張力鋼(HT鋼)製で厚さはそれぞれ1.5インチ、2インチ、3インチ、2インチ。
合計厚は8.5インチ、つまり200mmを超えるが、空間が開いた四層の合計厚である事、上にもあるように各層も一枚板ではなく二三枚の鋼板を重ね合わせた事などを加味した結果、一枚板換算で133mmのHT鋼相当となる。(右側の111mmについては後述)
機関部(図2①)は同じく3つの甲板に高張力鋼を配置しているが、こちらは船首楼甲板から中甲板までで、厚さも各2インチ・1インチ・2インチの一枚板86mm相当。
なお肝心の計算法は参考資料にも挙げた某所のものなので、興味がある方は各自調べてもらえばと思う。

この計算法の場合、仮に同じ品質・合計厚の水平防御が存在した場合、一枚板換算の対弾性能は 
一枚板>重ね合わせ>空間を空けて配置」となる。
傾向としては正しいと思われるが、実際には信管の作動タイミングや砲弾の損傷度合いなどの諸要素によって、必ずしも上記の結果とは一致しない可能性がある事に注意すべきだろう。

追記
水平装甲についてはページ作成初期までは上記ルールに従って計算していたが、2016年以降は一部変更点を加えた計算結果に修正している。
具体的に言えば、砲弾自体の貫通が水平装甲の一番下で止まった場合でも、その後の砲弾の炸裂に甲板が耐えられず、弾片が貫通する可能性がある場合は、これを安全距離から除いている。

弾片の貫通力は、特に弾頭部が大弾片となり炸裂で再加速して突入する事から意外と高い物である。ここでは砲弾が目標に密着して炸裂した場合(つまり最大威力)を想定し、STS換算で口径の0.11倍と設定する。
(実際は炸裂前に弾体損傷によって炸裂の威力が弱まる・不発化するなどの可能性も存在するが、このページでは扱わない事になる)

上のフッドの例だと、弾薬庫の水平装甲の中で一番下の甲板はHT合計厚51mmの下甲板だが、これはSTS一枚板換算で37mmになり、340mm以上の口径を持つ砲弾の弾片により貫通される。
つまり340mm以上の砲に対する安全距離は、下甲板を除いた船首楼から中甲板の水平装甲のみを一枚板換算したもので計算することになる。こちらの厚さはスラッシュの右側に表記し、これが111mmとなる。
それよりも小さい口径の砲に対しては下甲板も有効になる為、今まで通り全体を一枚板換算(133mm)として計算する。

なお一番下の甲板がSTS換算で51mm以上になる場合、ここで扱う艦砲の弾片には貫通されない事になるため、全体の一枚板換算のみを表記、表の結果も特に変わらない。

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・装甲厚の単位について

本ページでは装甲厚の単位について基本的にミリメートル表記を使用している。一方でその他の表記としてはインチ表記などに加え、一部では重量の単位であるlbs(ポンド)を用いた装甲厚の表記が存在していた。
これは1フィート四方の装甲板の重量を基準とした単位であり、この大きさで厚さ1インチの装甲板は重さ40.8lbs(18.5kg)であるから、40ポンド=1インチ(25.4mm)と言う意味になる。
使用していたのは当然ヤードポンド法を採用した海軍、英米に加えて八八艦隊の頃までの日本海軍もその一つであった。
この表記を使用した場合、金剛型の主装甲帯(厚さ8インチ)は320lbs、長門型の主装甲帯(12インチ)であれば480lbsと表される。

鹿島9インチ甲鈑(360lbs表記あり)

上は英アームストロング社建造の戦艦鹿島に使用された装甲の試験画像。9インチ厚の装甲に対して360Lbsという文字が確認できるだろう。

ただしこの表記で面倒な事として、英国や日本海軍では正確な重量である40.8ポンド=1インチを基準にしていたという話もあり、この場合は40ポンド=約24.9mmとなる。
そうすると320lbsの装甲は199mm、480lbsの装甲は厚さ299mmと、インチ表記の装甲厚よりも実際はわずかに薄かった事になるのだ。
実際に伊勢型やKGV級の装甲厚で資料によって微妙な違い存在するのは、この表記でどちらを基準としたのかが原因である。 

そして本ページでは日本海軍編にて厳密な「1インチ=40.8ポンド」を使用していたが、以降の英海軍編や英国建造艦では(新戦艦を除いて)通常の1インチ40ポンドに戻しており、このために微妙なズレが生じている。
この件は管理人の怠慢としか言いようがないもので、現時点ではどちらかに統一する事が出来てない状態である。

また装甲板は製作の過程で、部分的に±2パーセント程度のずれが出る事もあったそうで、その場合299mmの装甲は厚さ304mm~293mm、305mmの装甲は311mm~299mmとさらにずれていくが、こちらは特に反映してはいない。

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貫通並びに安全距離の定義について
命中時の結果というのは、砲弾は貫通するかしないか、装甲は貫通されるか無傷かという風に二分できるわけでない。
(別ページに図付きで用意する予定だが、未完成なのでここでまとめたい)

細かく考えていくと、装甲命中時に予想される結果は以下のようになる。
1. 裏側に達する穴が開いて、砲弾全体が内部に侵入。砲弾は機能を失わない健全な状態
2. 裏側に達する穴が開いて、砲弾全体が内部に侵入。砲弾は損傷して、一部の機能を失った状態
3. 裏側に達する穴が開いて、砲弾全体が内部に侵入。砲弾は破砕されて、無数の弾片となった状態
 
4. 裏側に達する穴が開いて、砲弾の一部が内部に侵入。砲弾は損傷して、一部の機能を失った状態
5. 裏側に達する穴が開いて、砲弾の一部が内部に侵入。砲弾は破砕されて、無数の弾片となった状態
6. 裏側に達する穴が開くも、砲弾は内部に侵入せず。ただし装甲の破片(スプリンター)が発生し内部に飛ぶ
7. 裏側に達する穴は開かず、砲弾は内部に侵入しない。ただしスプリンターが発生
8. 裏側に達する穴は開かず、砲弾は内部に侵入しない。スプリンターも発生しない

これらの結果の内、砲弾側にとってベストな結果は間違いなく1であり、それ以外は砲弾本来の破壊効果を何かしら失った状態である。一方で最後の8以外は、何かしら内部に被害を生じている事も事実である。
それでは本ページではどこまでを攻撃側もしくは防御側の勝利として、安全距離を区切るべきだろうか。
一応この件については当時の各国海軍でも色々と判断基準が存在するが、本ページでは以下の基準を用いる事とする。

戦艦の防御構造は戦車などとは違い、メインとなる装甲の他にも背後に防御構造を持つのが基本である。これに対して若干のスプリンターや砲弾の破片が突入しただけでは、有効な損傷を与えられるとは限らない。
よって砲弾は貫通後も、背後の構造を突破できる質量と余勢を残しているか、もしくは炸裂してその構造を破壊する機能を維持しているのであれば、防御を破ったと判断できる。
つまり上記の結果ではNAaBの計算結果で「1」「2」「4」となった場合(そして背後の構造に対して再計算して貫通できれば)攻撃側の勝利として安全距離外、それ以外はメインの装甲を抜いたとしても安全距離内と判断している。

一部補足言い訳
おそらく一般的に貫通弾としてイメージされる「1」に対して、「2」「4」は損傷部位によっては不完全爆発や不発化も考えらえるので、重要区画に達しても破壊効果は劣る可能性が高いだろう。

そして「背後の防御構造」に対する再計算においては「2」「4」の場合の砲弾損傷による貫通力低下を反映できてないのも問題である。正直1~2インチ程度の弾片防御であれば大差ない結果になると思われるが、ビスマルク級のようにかなりの厚さを持った多重装甲と言える配置の場合、結構な影響が出る事は否定できない。

一方で基本的に一層防御である砲塔の場合、弾片の侵入だけでも砲塔が使用不能になったり、装薬に引火してさらなる被害に繋がる事も予想される。
もちろん戦史をみれば、装甲に穴が開いても誘爆を起こさず、砲やその付属品は無事でそのまま戦闘続行という例もあるが。こちらは船体装甲と比べるとやや甘めな基準と言える。

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・戦艦の搭載砲弾について 
2019年現在新ページで書き直し中→戦艦の使用砲弾に関するメモ

上にあるように書き直し中という事で、ここであった各種砲弾の歴史などの項目は順次改稿して移転予定である。(具体的には「装甲貫通後の砲弾の変化について」まで)
ここでは本ページ的に最も重要な点のみ取り上げて残したい。

使用される弾種について 
戦艦同士の砲戦において有効な弾種は、リンク先でもまとめたように時代によって異なるものである。
その中でも徹甲弾は性能不足に悩まされた時代も多かったが、少なくとも海軍休日から第二次大戦期においては最も効果的な砲弾の地位を有していた。
そこで本ページでの比較も、常に徹甲弾を用いて戦闘を行うものと仮定している。

ただ実際の所、徹甲弾以外を使用する戦術(例として遠距離では榴弾を使用して上構の破壊を狙い、命中弾が増える中近距離で徹甲弾に切り替えるなど)も無くなった訳ではないので、そういった戦術が採られた場合、本ページの比較とは違う結果になると思われる。 

必要とされる戦艦砲弾(徹甲弾)とは
徹甲弾に必要とされる能力は、狙った場所に飛ぶとか腔発事故を起こさないと言う基本的な物を除けば、文字通り装甲を貫通する能力が第一に来るだろう。
中でも戦艦を相手にした場合、艦を守る構造は装甲だけでなくその背後に弾片防御があるので、これを含めて貫通できる事、さらに最大限の破壊効果を得る為、艦の奥深くに達したのちに炸裂する事が望まれる。 
つまり「艦の持つ主要な装甲と背後の弾片防御を貫通し、重要区画内に突入して炸裂する能力」が必要となるのである。
(さらに付け加えると、命中角度が浅い状態でもなるべくその能力を発揮できる事、が加わるだろう)

上記の能力を有する砲弾を実現するには、基本的に以下の4つの要素が必要となる
・装甲、特に表面硬化装甲への命中時に弾体を保護し、貫通を助ける大型で硬化処理を施した被帽
・命中しても損傷せず、砲弾の機能を保ったまま貫通できる弾体強度
・命中時の衝撃で自爆しない鈍感な炸薬、もしくは自爆防止機構
・不発や早爆を起こさず、貫通後一定距離進んだ後に炸薬を完全爆発させる事の出来る遅動信管 

重要なのは4要素がすべて揃うのは、国によって差もあるがほぼ第一次世界大戦後であり、それ以前の徹甲弾は不完全なものであった点である。
この事は艦砲の威力について語る際に、特に重要な事であるので、整理予定のこの場所にも書き残しておきたい。
(移転先のメモもいつも通り長々と書く事になると思われるが、基本的にこの事を伝えたいだけの文章である)

なお一次大戦期の戦艦には、建造時には自艦主砲に対応した防御力を持っていたはずが、戦間期には全く対応できずに改装により強化を必要とするという例が多く見られる。
その理由は交戦距離の変化だけでなく、この砲弾側の能力向上が大きく影響していた事になる。

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・各艦砲の貫通力について
各ページの冒頭にある使用艦砲紹介では、目安として1910年代の垂直、水平装甲に対する貫通力を試算して記載している。
これ自体傾向として、一般的に知られている数値とは結構ズレが生じている点に気づく人も多いだろう。(感覚的に対垂直は過大、水平は過小に思える)
この件に関しては、そもそも件の数値の出典にも色々気になる部分があると思っているが、正直管理人の知識では確かな事は何も言えないのが現状である。

それとは別に、冒頭の艦砲紹介ではほぼ同じ貫通力を持つとされた艦砲同士でも、表の結果では貫通できる距離が異なる場合というのも良く確認できる。
これは主に装甲と砲弾の相性が影響したか、通常の落角とは異なる命中により両者の斜撃性能の差が表れたなどの原因が考えられる。

最後に同一の砲弾を使用する艦砲の場合、初速の高い砲は低い砲に対して垂直装甲への貫通力に勝る代わりに、水平装甲への貫通力で劣るのが基本である。
これは主に弾速による弾道の違い、つまり初速の高い砲の方が弾道が低く遠距離でも小さい落角を保っている分、水平装甲への撃角は浅くなることによる。
つまり威力面では水平装甲の貫通力に優れた弾道の高い砲が遠距離戦に適してる事になるが、逆に弾道の低い方が命中界が広く精度面では有利である可能性が高い(発射の衝撃で散布界が過大にならないとした場合)。初速の違う砲として有名な米16インチマーク6とマーク7の例でも、初速の高いマーク7の方が精度の評価が高かったという。
本ページでは前述したように命中界からくる被弾確率云々を無視しているが、威力面以外にはこういった要素もあるという事で書き残しておきたい。

なお同一の砲弾を使用する場合以外では、弾道の高低は砲弾の空力特性であったりそもそもの口径などの他要素にも影響される。その場合は必ずしも砲身長や初速だけで弾道は判断できない事になるだろう。

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・被帽脱落について
「使用砲弾に関するメモ」を見てもらえればわかるように、20世紀以降の戦艦砲弾にとって被帽の持つ役割は非常に大きいものである。
それに対して、被帽を脱落もしくは破壊させる装甲を手前に設けて、その効果をなくした上で別の装甲で受け止めるという防御方式も存在する。
こういった配置や「上部装甲帯→○○」みたいな多重装甲の計算において必要なのは、どの程度の装甲に命中すれば砲弾は被帽を失うのかと言う点である。

この件に関しては非常に資料が少ない上に管理人が理解できていない事がほとんどである。
一応イタリア海軍はリットリオ級において70mm装甲・25cmの発泡セメント・280mm装甲の構造を再現した模型試験に成功している事、そして日本海軍は天蓋実験にて16インチ砲弾に対して64mmのNVNCもしくは76mmのHTが必要と記録に残した事は確実である。

そして毎回参考にしている論考によれば、被帽を脱落させるのに必要な装甲の厚さは、一般的な撃角では弾径の0.08倍もしくは0.155倍のどちらかとされている。(なお被帽を瞬時に破壊するには0.3倍程とかなりの厚さが必要である)
この2種は被帽の取り付け強度による違いで、戦艦の主砲弾は殆どは前者の0.08倍が該当するという。つまりこの論考が正しい場合アイオワの38mm外板でほぼすべての戦艦砲弾の被帽を脱落可能という事になる。
一方でこの数値は先に挙げた実験の結果とは一部矛盾するもので、さらに米海軍はモンタナ級での外装式への回帰から、同部位での被帽脱落を期待していなかったと思われる節がある。同論考自体大口径弾の記録をあまり使用してない事から信用に足るかは自信が持てない面も存在する。
その上で恣意的な利用と言われてもしかたがないが、後者の数値であれば上記の結果とは矛盾しなくなる。そこで本ページでは弾径の0.155倍、つまり装甲厚の約6.5倍の砲弾に対して有効と判断する事にしたい。

なお装甲間の距離が効果に影響する面も大きい。
リットリオでは間に発泡セメントを充填する事で解決したが、距離が狭すぎた場合一層目で被帽が外れたとしても、直後に二層目に命中すればほぼ一体として機能すると思われる。

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安全距離の変動関連

・継ぎ目への命中について
戦艦の装甲板という物は、当然だが一枚で装甲区画すべてを覆うようなサイズの物を製造するのは不可能なので、複数枚を接ぎ合わせて装甲区画を形成している。
この装甲板同士の継ぎ目やその周辺は、中央部分と比べると対弾性能が低下する部分となる。
この点については艦艇に装甲を用いるようになった最初期の実験でも認識されており、接合方向を工夫して防御力を落とさないようにする実験なども行われていたようだが、実際に特に目立った対策を施した艦は存在しないようだ。

つまり命中箇所によっては普通に安全距離は減少する。その範囲は有名な例として、大和型に使用された装甲の場合、額面通りに防御力を持つのは全体の22%という話である。なおこの装甲は厚さだけでなく面積も既存の日本戦艦より大きいものであるから、他の戦艦であればその面積はさらに狭いものになるだろう。 
ただ逆に命中箇所の背後には目板やらフレーム類が存在する事もあるわけで、その場合の対弾性能は具体的にどこまで落ちるのかは把握してない。

また同じような防御力の低下は砲塔前盾の開口部(砲眼孔)付近にもみられるだろう。

・対敵姿勢・横方向の角度について
基本的に垂直装甲への命中弾は装甲の正面から命中するもの、つまり舷側装甲であれば艦の正横、砲塔前盾であれば砲を指向した向きにいる敵艦から命中弾を受けた場合を想定している事が多い。(下図左を参照)
この場合は砲弾の落角が撃角を左右する(装甲が傾斜している場合はその角度も加わる)ほぼ唯一の要素となるが、敵艦の位置と艦の進行方向によっては垂直装甲に別の角度が加わることになる。(下図右)

本ページではこういった場合に生じる角度を「横方向の角度」と呼称している。(おそらく正式な呼称が別にあるはずだが把握していない)
通常の交戦距離における砲弾の落角が10度から30度程度と考えれば、それ以上の角度が着いた場合、安全距離に与える影響はかなりの物とみて間違いないだろう。

図を見てもらえればわかるように、この横方向の角度は主に舷側装甲に影響にするものである。(砲塔装甲は敵に指向したり円筒状であったりする都合で影響は少ない) 
発生しやすいのは主に艦首尾を見せた状態での戦闘である追撃戦や撤退戦、敵にT字を取られた場合だが、同航戦でも彼我の位置関係や針路によって多少は角度が着くのが普通である。
(確か牧野大佐の回想は装甲継ぎ目の防御力低下について、この横方向の角度が着くのでカバーできるから問題ないと言っていた記憶が)


上方向にいる敵艦を正横に見た場合と、左舷方向45度に見た場合で被弾した例の図。
厳密に言えば砲弾は目標の未来位置に向けて発射される為、その分進行方向とは微妙な角度のズレが生じるが、戦艦の交戦距離ではほぼ誤差である。
また木の葉状の船体に合わせて貼られる舷側装甲に対しては、両端近くに命中した場合にもズレが生じる事も確認できるだろう。(この部分は反映できず)

これらの事を受けて、本ページの表は「垂直装甲」のみ、横方向の角度が30度加わった状態での計算を「垂直装甲(30度)」として追加している。
撃角はcos通常時の撃角×cos30°で算出。例えば通常時が10度の場合、装甲への撃角は31.5度相当。同じく20度は35.5度、30度は41.4度となる。
この場合普通に砲弾にとって過酷な状態での命中弾が多く発生するので、基本的に損傷状態での貫通が主体となる。そして多重装甲への再計算が地獄なのでかなりいい加減な事になってるのも懺悔しておきたい。

艦首尾戦闘の是非について
戦艦と並ぶ二次大戦時の装甲兵器と言えば陸の戦車だが、この戦車の戦闘においては「食事の角度」というものが存在していた。
これは敵に向かって車体を斜めに向ける事で、車体装甲へ意図的に横方向の角度を着ける防御姿勢である。

戦艦の舷側装甲においても同じ原理により、正横を向けた際よりも防御力が向上する事は先述した通りである。
そして仮に出来るだけ大きな角度をつける(火力が低下しないよう全砲塔が使える45~60度程)事が出来た場合、元の防御力をはるかに上回る、それこそ扶桑型が正横状態の大和型を上回る防御力を持つ事も想定される。
それならば戦闘において大事なのは角度の方で、元の防御力の優劣なんて関係なくなるのでは(またT字は取るよりも取られた方が有利なのでは)という考えに至るかもしれないが、これには注意が必要である。

確かに安全距離を指標とした比較(数字遊びとも言う)では、大きく艦首尾方向を向けた方が優位な面が一部にはある。それでも実際に戦闘において有効かどうかは、砲術や艦隊運動などの他の要素を忘れてはいけないだろう。
このまとめは筆者が戦術やらに無知すぎるせいで、書くと言って2年以上帆船時代で放置していたが、詳しい内容は補足の補足にて随時追加する予定である。
とりあえず現時点での考えをまとめると以下のようになる。(全然まとまってないので最後の結論だけ読んでもらっても)

時代ごとの経緯
・帆船時代の戦列艦は、英蘭戦争の頃から単縦陣を組んで舷側方向で戦闘を行うのが基本で、一般に艦首尾方向での戦闘はタブー視されていた
・これは艦首尾方向に指向できる門数が極めて少ないからに加え、艦首尾方向より命中した砲弾は舷側から命中した時よりも長い範囲を駆け巡って被害を拡大させる為。これを縦射(Raking fire)と言う
・ただしトラファルガーの海戦でネルソン提督率いる英艦隊は敵艦隊に突撃。仏西艦隊の縦射に耐えつつ敵の戦列を突破する際に逆に至近距離から縦射を浴びせ、有利な状態で乱戦に持ち込むという戦法で大勝利を収める
・装甲艦が誕生すると、主力艦は縦射だろうと有効打を受けない防御力を獲得。そんな装甲艦に対してリッサ海戦では艦首を向けての衝角突撃が戦果を挙げた事で、これが重要視される
・以降しばらくは、主力艦の主砲配置も艦首尾方向への射界が重要な要素となっていく。その点から装甲艦時代の70年代前後などは、確かに艦首を向けた戦闘が王道とされていた節がある 
・一方で火砲の進歩などを迎えた1890~1900年代初頭、日清日露において単縦陣で火力を集中した日本艦隊が大勝利を収め、再び舷側方向での戦闘の優位を証明する
・その後は弩級艦の時代へ。衝角の廃止、火砲はさらなる大型化、遠距離にて斉射を基本とした射撃管制が基本に
・艦首を向け過ぎた際には使用可能門数が減少し、遠距離砲戦での砲撃の有効性を大きく落とす。さらに全門使用可としても、船の動揺はローリングが主体なので、その場合照準線に対する左右方向の動揺とその誤差が大きくなる点が問題に
(砲を正横を向けた状態でローリングで生じる)縦動揺とは違い、左右動揺に対する修正能力は戦間期に入るまで低く、よって舷側方向へ発射する際より精度面で悪化する
・戦間期から二次大戦時はさらに遠距離戦志向へ。一方で有効打を与える決戦距離に近づく為、艦首を向けての突撃が一部で注目される(特に英海軍)
・この時期は動揺手なりジャイロが左右動揺を計測して誤差を修正する能力も向上
突撃戦術を取ったデンマーク海峡海戦ではフッドを撃沈され返り討ちにあうも、ビスマルク追撃戦では同艦に有効打を与え沈黙させる事に成功
・二次大戦時は日本海・ユトランドのような大規模な戦闘は起こらず、情報不足

第二次大戦期における戦闘で予想される利点と欠点
利点
・舷側装甲の防御力が大きく向上する(メインの効果。水平装甲・砲塔装甲は影響せず)
・距離の変化が大きいので射撃精度が低下する(双方とも)
・敵から見た投影面積が減少する
・方位角の測定が苦手とされる当時のレーダー射撃(左右にズレやすい)に対して有利?

欠点
・正横での戦闘では通常命中しない、バイタルパート前後の横隔壁への命中弾が生じる。艦の装甲配置によっては横隔壁の下をすり抜けて弾薬庫に達する可能性あり
・砲弾のパス長が伸びる分、甲板への命中弾が重要区画に達しやすくなる
縦動揺より修正が難しい左右動揺が発生し易い
・光学機器を用いた射撃は方位よりも距離がズレる(らしい)事、散布界も基本縦長の楕円である事からすると、むしろ被弾面積は増加する?

他に艦隊戦で想定される事としては以下のような物が挙げられる。
・敵の変針により無効化される可能性が高い
・先導艦に敵の攻撃が集中し早期撃破される恐れがある
・前方の艦の砲煙が後続艦の視界を妨害しやすい

という風に一般的にイメージされる艦隊決戦において、そこまで有効な物とは言い難い。普通にT字になってしまい火力負けするか、敵の変針で反航戦になってリセットされるような気がしてならない。
出来るとすれば主力が敵艦隊を拘束した状態で、高速力を持つ別動隊(日本海軍であれば金剛型の四隻とか)が行えば効果がありそうな気がする程度か。
他には少数かつ近距離での戦闘、具体的には夜戦での遭遇戦においては有効に働くと思われる。

?マークの多さからしてすごい当てにならない事ばかり書いてると思うが、とにかく対敵姿勢・横方向の角度は重要な一要素であるとしても、これだけで素の防御力を無視できる「魔法の言葉」ではないというのが筆者の考えである。
(あとT字戦法は19世紀の一部を除いて、やはり取った方が有利と)

・艦の動揺・傾斜について
90年代に英海軍で造船局長を務めたウィリアム・ホワイトが1904年のブラッセイ海軍年鑑に寄稿した文章で、「(この本で記事を書いているような)専門家でも、装甲について論ずるとき艦の動揺を無視しすぎではないか」的な事を書いていて非常に耳が痛い。
彼はこの件について、砲弾の落角が小さい当時の交戦距離でも、艦の傾斜によっては水平装甲への命中弾が存在することを指摘している。

そしてこのページ的には、傾斜により撃角が変化し貫通力に影響を及ぼす点も重要である。
下図のように敵の反対側に傾斜すれば、垂直装甲への撃角が深まり貫通されやすく、水平装甲へは浅くなり貫通されにくくなる。敵に向かって傾斜する場合はその逆と。
巨大な戦艦は巡洋艦以下の艦艇ほど激しく動揺するわけではないが、それでも回頭中は最大で5度以上傾斜するという。 

 

また傾斜は水線装甲帯の高さにも影響するので、図左のように下端が浮きあがれば、水線付近へ着弾した砲弾が非装甲部を抜く確率も上昇する。

それで問題は安全距離への具体的な影響だが、正直きりがない気もするので、本ページでは一切動揺を起こさない物として計算を行っているのが現状である。

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解説の内容について

一次大戦期に竣工し、海軍休日を経て二次大戦を迎えた艦の場合
「背景」
「竣工時の評価」
「その後の改装」
「二次大戦時の装甲配置と表の解説」
「まとめ」 
みたいな流れを基本にしている。
もしこの流れになっていない場合、解説自体が未完成であるか、かなり昔に書いた古い内容かのどちらかと思ってもらえれば。

文章が下手(某友人より)

・・・実はこのページ、最初は適当に好きな艦娘やエラー娘なりと対談形式にして進める予定だった。完全に某所のパクリである。冒頭の赤字はその名残だったり。
まあいろいろあって断念したが、そうならなかっただけ感謝して欲しいものである。(上から目線)
なお読み辛い文章と真面目な文章をはき違えていないか、と問われても否定はできない。誤字だらけの時点で真面目とは程遠いか。

最後に改めて「こんな事やって意味あるの」
確かにここでの比較は、戦艦同士の優劣を評価するには足りてない部分が多すぎるのは間違いない。
上で紹介してきた変動要素はもちろん、それ以外にも装甲範囲や間接防御、ダメージコントロール能力に素の船体構造や浮力からくる抗堪性と、艦の防御力を左右する要素だけでも多様である。
そして攻撃面では砲術や戦術という要素が、自分にとっては未知の言語である時点で論外だろう。

そして結果論的だが、そもそも第二次大戦において戦艦同士の優劣にどれだけの意味があったのかとなると、いろいろと虚しくなる事も否定できない。
結局その大戦において、戦艦の砲撃だけで沈んだ戦艦はブルターニュ、フッド、霧島の三隻のみとあまりにも部分的である。(一部に戦艦が関わった物だとビスマルクにシャルンホルスト、山城もカウントされるが)

ただ新戦艦編編でも述べた通り、一部を掘り下げて考えるのが楽しすぎて出来てしまったのがこの怪文書である。それにどれだけの意味があろうとも、筆者が勝手に感じている面白さを一端でもいいので、文章を通じて伝える事ができれば幸いである。

補足終わり

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・/

装甲配置関連

色々と内容が増えたので新ページを作成。新規掲載分はこちらで 装甲配置に関するメモ

・「集中防御」について(2017 7/2書き直し)

これだけで別のページが作れそうなテーマだが、取り敢えずこのページで使用する集中防御の定義には一部注意することがあったので追加。

まず集中防御とか全体防御(これも後述)というものは、字面だけでは誤解を招きかねない表現でもある。
そもそも近代戦艦において、艦の全体に厚い装甲を施した艦というのは殆ど存在しない。(装甲艦時代はそれなりに例外もあったが)
いずれの艦も程度の差はあれ、船体中央の水線部など重要区画を守る範囲へ厚い装甲を貼り、それ以外はより薄い装甲を貼るか非装甲になるのが基本である。

上は英国最後の非集中防御艦であるフッドを模した図。
船体中央の水線部以外にも薄い装甲を持っている事が確認できる。一方で艦首艦尾には非装甲部も目立ち、装甲範囲がそこまで広くないことにも注目。

その中で重要区画以外の装甲を極力廃して、浮いた重量で重要区画の防御強化やその他性能向上を図るのが集中防御という考えになる。
しかしながら、どの部分の装甲を廃してどこに集中するかなど、広義の集中防御内の艦でも防御様式が全く異なる場合もある。
今回は近代戦艦での集中防御の例(主にネルソンとネヴァダ)から、広義の集中防御に対して本ページで使用する集中防御の定義を明確にしておきたい。

一つ注意
本題に入る前に、弾薬庫や機関部を収める重要区画の割合を短縮する事も一部で集中防御と呼ぶ事もある。
(今は亡き鋼〇の咆哮とかはさすがに装甲配置まではいじれないのでこちらで判断している)
これも「効率よく重要区画に装甲を施す」という意味では集中防御と共通する目的を持つが、装甲配置自体を表す言葉としては使えない。
重要区画のサイズは機関室や砲塔が占めるスペースの長さに大きく影響され、非集中防御艦よりも重要区画の割合が大きい集中防御艦も普通に存在する。
そこでこのページでは、集中防御ではなく単に「ヴァイタルパートの短縮」などの表現に言い替えている。

・近代戦艦における集中防御の例
まずネルソン級の配置について、平賀譲は「欧米視察所見」にて以下の二点を特徴として挙げている。
「舷側装甲の集中主義」(艦中央部の水線部に垂直装甲を設け、艦首・艦尾・舷側上部などそれ以外を廃す)
「甲板防御の集中主義」(装甲帯の上端に接続する甲板に水平装甲を集中)
この二点は後に建造されるダンケルク級や大和型にも当てはまり、集中防御の定義の一つとして通用するだろう。

一方で、近代戦艦で初めて集中防御を採用したとされるネヴァダ級の配置は少し異なる要素を含んでいる。


上図は実を言うとペンシルヴァニア級だが、配置はほぼ同様。なお煙路防御は書き忘れたので省略。
これを見てもらえば分かる通り、まず垂直装甲は舷側上部の装甲帯が廃されて水線部に集中されるが、艦首艦尾の一部にも厚い装甲を持っている。
実はその部分の配置は前級ニューヨーク級から殆ど変わっていない。
上でもリンクを貼った「装甲配置に関するメモ」やこの下にある「艦首艦尾の防御について」を見てもらえれば分かるように、意外と集中防御艦と呼ばれるものでも、ここに垂直装甲を持つ艦は存在する。
また水平装甲は装甲帯の上端に接続する甲板が合計3インチ厚になるが、この一段下にも合計1.5インチの水平装甲があり、ネルソンと比べて集中度合いは高くない。
それでも同時期の艦は1~2インチ程度の水平装甲を複数の甲板に持つ形で(平賀曰く英国式散在主義)、これと比べれば装甲帯の上端にある甲板への集中がなされていると言えるだろう。

この2クラスを比較すれば、いわゆる集中防御艦の中でも、装甲の集中度合いに差がある事は明らかである。
これを考慮しつつ集中防御の定義を定めたいが、まず広義の集中防御はネルソン級の二要素を一部改変して、以下の三要素の内いずれかを満たす艦とする。
・「舷側横方向の集中」重要区画間のみに垂直装甲を設け 、それより外の艦首艦尾が非装甲もしくは弾片防御程度になる
・「舷側縦方向の集中」乾舷の内限られた高さに主装甲帯のみを持ち、それよりも上の舷側上部は非装甲もしくは弾片防御程度になる
・「水平装甲の集中」甲板の内垂直装甲の上端に接続する一層に水平装甲を集中し、それ以外は非装甲もしくは弾片防御程度になる

そしてこのページでの集中防御は、先述したように一般的に集中防御艦とされる物でも艦首艦尾に垂直装甲を持つものが多い点、そしてこのページは重要区画の防御や配置を重視している点から、
3つの内「舷側横方向の集中」を考慮せず、残りの縦方向ならびに水平装甲の集中の二つを行っているかで判断したい。

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・広義の集中防御艦について
ここからはこのページでの集中防御とはならないが、上の三要素のいずれかを持ち、広義の集中防御に分類できるものを紹介したい。


まずは英国初の装甲艦であるウォーリア。見てわかるように舷側横方向の集中が見られる。
一方で縦方向だと、上部が非装甲に見えるがこれはブルワークで、船体は上部含めて主装甲帯が覆う事になる。
また本級は水平装甲自体がなく、これの集中は全く見られない。

上は装甲艦インフレキシブル(左舷砲塔は書き忘れたので省略)。
この艦を集中防御じゃないと主張すれば、常識的に考えて頭大丈夫かと言われかねないが、このページでの定義からは外れている。
装甲配置を見ると、重要区画内で垂直装甲は乾舷全体を覆い、その上端に3インチの水平装甲が接続して装甲区画を形成している。
既存の艦が持つ艦首艦尾の垂直装甲を廃して、ここに非常に厚い装甲を獲得した事から、舷側横方向の集中を適応した典型的な配置と言える。
ただし垂直装甲は水線部と上部で厚さが異なり、舷側縦方向の集中では不完全である。
(また装甲区画が乾舷全体を覆う点も定義からは外れる)
なお同じように舷側横方向の集中を行うも、縦方向の集中が不完全な配置は近代戦艦にも存在し、竣工時の長門型がこれにあたる。

一方で近代戦艦の登場前には非常に分類しづらい配置の艦が存在した。上はその一例であるアドミラル級。

この艦の配置を見ると、まず垂直装甲は横方向、縦方向両方の集中を行っている。
そして水平装甲も重要区画内では装甲帯の上端に設けられた2.5インチの軟鋼が唯一の装甲である。
このように上の三要素全てを満たす事になるが、後の時代で同じ三要素を持つ艦と比べると、主に水平装甲が薄いなど違いもある。
近代戦艦における集中防御の採用は、主に遠距離戦志向とそれに伴う水平装甲の必要性という流れと強く結び付いている。
それを考えると、絶対的な水平装甲の厚さがあまりない艦を同列視するには抵抗もあったりする。
ただしこの件については、未だに筆者が19世紀の交戦距離での有効な水平装甲の厚さがどれ程のものか把握できていないので、区別できていないのが現状である。

因みに80年代フランスのバーベット艦は艦首艦尾の装甲帯を持ち、横方向の集中は行わないが、重要区画内の配置は本級とよく似ている。

最後はネヴァダ級竣工時も一線級にあった巡洋戦艦インヴィンシブル級(図は未掲載)。
この艦は艦首にも装甲帯を持ち、横方向の集中には当てはまらないが、重要区画内の装甲帯は中甲板の高さまでに主装甲帯のみを設け、縦方向の集中を行っている。
一方で水平装甲は上端よりも一段下の甲板に明らかに薄い装甲を持つだけで、全く当てはまらない。
同じように縦方向の集中を行うが、水平装甲の集中が全く見られないか不完全な艦には、レキシントンやシャルンホルスト、竣工時のレナウン級が存在する。

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・とりあえず国ごとに「このページでの集中防御」と評価できる防御様式の採用状況をまとめると

初期の戦艦であるメインがアドミラル式の微妙な配置。同時期のテキサスも似るが、こちらは船体のリダウトの評価次第。
そしてネヴァダ級(1911年頃研究開始、16年竣工)で世界に先駆けて近代的な集中防御を採用。

先述したアドミラル級装甲艦
近代戦艦ではG3級やN3級など一次大戦後の計画艦より採用。(最も早い物では1919年7月のメモで確認できる)
完成した艦はネルソン級(22年研究、27年竣工)から。

長門型(16年改設計、20年竣工)で集中防御を取り入れ始めているが、縦方向など不完全な面が多い。
本格的な採用は次級の加賀、天城型などから。
(研究案を含めると長門改正直後の16年に作成された45000t巡洋戦艦案が最も早い)
実際は条約で戦艦としては未成になり、就役艦は大和型まで待つことに。

初期の戦艦にはフランスのバーベット艦と似た配置を採用するも、これ以降は当てはまらず。
基本的に第二次大戦期の戦艦でも非集中防御であるドイツ式の防御様式を採用。

先述したようにアミラル・ボーダンやオッシュなどの装甲艦が存在する。
近代戦艦で建造された物となるとダンケルク級から。それ以前では1927年頃の3万7千トン巡洋戦艦案(croiseur de bataille de 37000 tx)で確認できるらしい。
ただ同案は装甲帯が上部でテーパーしている点から長門型と同じく縦方向の集中が不完全とも評価できる。

初期の戦艦は把握できていない。
確実なのはリットリオ級のみだが、同級は舷側上部が微妙に厚く、やや当てはまらない部分も。
露・ソ
近代戦艦ではボロジノ級やニコライ一世などから、一部縦方向、水平の集中を取り入れている(いずれも未成)
より本格的なものだとソビエツキー・ソユーズ、クロンシュタット級になる。(米国提供の新戦艦案でも集中防御艦が提案された可能性はある)
もっともソ連時代の計画艦も一隻も完成しなかった為、集中防御艦と言えるものはいない。
スペイン
80年代に仏バーベット艦に準じた装甲艦を獲得。
第一次大戦後には英国に戦艦建造を依頼しているが、その際の設計案は同時期の英計画艦と同じく集中防御艦となっている(建造されず)

こうして見ると第二次世界大戦の戦場でも、アメリカ戦艦を除けば集中防御を採用しない艦が多いと言える。

.

・では所謂「全体防御」はどうなのか

と言っても管理人は集中防御を取らない従来の装甲配置のことを「全体防御」と呼ぶのにはどうも抵抗がある。
上のフッドの図でも触れたように「全体防御」と呼ばれる旧式の装甲配置にも様々なものがあり、別に全体を防御しているわけでない物もある。
むしろこれらの艦の装甲の特徴としては、最も厚い水線部の主装甲帯の周囲
にやや薄目の補助的な装甲を持つことが挙げられる。
主装甲帯の上には舷側上部・副砲を守る装甲、前後には艦首、艦尾を守る装甲と言った物が存在する。
その特徴をうまく表現出来ればいいのだが、まったく思いつかない。そのため本文中では「集中防御以前の配置」などの表現をしている。

英語圏だどうなのかと軽く検索すると、割とあらちも混乱しているようだが「incremental armor scheme」と表現している所がある。
incrementalは「徐々に増加する」という意味の単語で、主装甲帯の廻りに補助的な装甲が付属していく、と考えるとそれっぽい。それか逆に艦の中心(主装甲帯)に向かうにつれ装甲が厚くなる様を表しているのか。
尤も管理人の英語力では全く違う意味かもしれない。
そしてなにより日本語に訳せない。「徐々に増加する防御」では誤解を招くし、
「全体防御」にとって代わって広まることは無いだろう。

ところで、全体防御と呼ばれる艦の装甲の特徴として「多重防御」であることを挙げる意見も見られるが、これはあくまで初期の戦艦や海軍休日時の改装や新設計など経た艦など一部が持つ特徴である。
上部もしくは主装甲帯→薄い甲板装甲という弾道を評して多重防御と言えるかもしれないが、このルートも実は集中防御採用艦でも弾片防御甲板を持つものなら普通にあり得る。

後このページでは「ポスト・ユトランド型戦艦」と言う単語も使っていない。
これは主に米標準型のせいで、ユトランド海戦以前から「ポストユトランド型戦艦」に分類できる艦の建造が行われていた事になる。
これでは用語として誤解を招くと言うか、少々日本や英海軍の視点に偏った単語だと思う。

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・艦首艦尾の防御について
上で挙げたように、重要区画以外の艦首艦尾に垂直装甲(装甲帯)を持つかどうかは広義の集中防御における判断基準の一つとなる。
この部位の装甲配置についてはメモの方でも扱っているが、垂直装甲の有無のみで以下の3つにまとめ直すことが出来る。
ここでは言う垂直装甲は、材質問わず50mm以上の厚さを持つ物とする

1
水線部に艦首から艦尾まで艦の全体を覆う垂直装甲(英語圏ではコンプリート・ベルトと呼ばれる事が多い)を持つもの。
なお船体形状の都合で艦尾の先端のわずかな範囲が非装甲な艦も多いが、今回はそういった艦もこちらに含む。
米 ヴァージニア級、コネチカット級(もしくはミシシッピ級)
英 フォーミダブル級~コロッサス級、インディファティガブル級
日 敷島型~伊勢型
仏 ブレニュス~ノルマンディー・リヨン級(マッセナを除く海軍休日までの近代戦艦すべて)
独 2以外の近代戦艦の多く
伊 エマニュエレ・フィリベルト級~カラッチョロ級
露 レトヴィザン~ボロジノ級(巡戦)・ニコライ一世まで、21号、24号、82号

2
コンプリート・ベルトにはならないが、艦首艦尾の一部に垂直装甲を持つもの
米 キアサージ級~メイン級、サウスカロライナ級~アイオワ級
英 カノーパス級、インヴィンシブル級、オライオン・ライオンからフッドまで、ヴァンガード
日 加賀型以降の八八艦隊計画艦
独 カイザーフリードリヒ三世級、バイエルン級、マッケンゼン以降の巡戦、装甲艦Eの初期案、O級
仏 なし
伊 リットリオ級
露 シソイ・ヴェリキィー、ポチョムキン、23号、69号

3
艦首艦尾に垂直装甲を持たない(横方向の集中を行う)もの
採用
米 メイン・テキサス(先代)~アイオワ(先代)、モンタナ級
英 ロイヤル・サブリン級~マジェステック級、第一次大戦後の計画艦、ネルソン、KGV・ライオン
日 富士型、長門型、大和型
独 近代戦艦では無し(オーディン級海防戦艦がギリギリ該当するか)
仏 ダンケルク級、リシュリュー級
伊 レ・ウンベルト級
露 ナヴァリン、トリー・スヴャチーチェリャ、ペトロハブロフスク級~ペレスヴェート級

補足
特に集中防御を最初に採用したはずの米戦艦は代々艦尾に重装甲を施しており、これを廃するのは建造されなかったモンタナ級戦艦のみ。
米戦艦以外にも日本の八八艦隊計画艦、英ヴァンガードなどもこのページ的には集中防御艦だが艦首艦尾に垂直装甲を持つ。

3に分類されるのは、このページでの集中防御に分類される艦(大和、ネルソン、フランス新戦艦)に加え、装甲材質の都合で広い範囲に装甲を貼れなかった初期の戦艦に多い。
これは近代戦艦以前の装甲艦の配置を引き継いだもので、英海軍だとインフレキシブル以降の艦が3(一部2あり)に分類される。
さらに前の装甲艦だとマイノーターからドレッドノート級までは艦首艦尾に装甲帯を有する配置(1)である。
またフランスやドイツなどは装甲艦時代から艦首艦尾の防御を重視していたようで、多くの艦がコンプリート・ベルトを有している。
(冒頭で言い訳したようにフランスは弩級艦の時代でも装甲艦扱いだろう、と言うツッコミは勘弁してほしい)

 

8/27追記 手書きの装甲配置図やらは削除
2017 4/9
英戦艦がらみは本編の方でまとめ直したので削除。他の部分もメモや各本編に移動予定

上の適当な図(削除済み)でも戦艦の装甲配置には様々な物があることがわかるだろう。(一応A~Dと振ってみたが、これ以外の配置も存在する上に、A~D中でもさらに細かい違いが多数見受けられる)
管理人の勉強不足なだけかもしれないがそれにも拘らず一般書などでは装甲配置に関する用語は集中防御と全体防御くらいしか聞かないのが現状である。
装甲の評価や優劣も重要かもしれないが、その前に軍艦(の装甲配置)全体を型式学的に考え、
その要素と変遷について分かりやすく理解できるようになっていたらいいのにと思う。
ビスマルク級戦艦に関する論争の中では、バイエルン級との装甲配置の比較が行われているが、より体系的にまとめることが可能ではないだろうか。

具体的に言うと装甲の配置と材質、あと補助的に厚さが目安になると思われるが、
・上部装甲帯の有無
・艦首、艦尾に装甲帯を持つか
。装甲帯が船体中央部で最も厚くなるか
・装甲帯の傾斜の有無
・装甲帯が船体内部に組み込まれているか
・装甲帯の高さ(深さ)はどこまでか
・甲板が傾斜して装甲帯の下端に接続するか
・装甲帯とは別に弾薬庫・機関部側面の隔壁に装甲を持つか
・主な水平装甲を担う甲板はどの高さに設置されるか、装甲帯のどの部分に接続するか
・舷側装甲に表面硬化装甲を用いているか
・水平装甲に構造用鋼を用いているか、装甲規格の鋼材を用いているか
・バーベット装甲は甲板のどの位置まで存在するか(どの位置で減厚するか)
・艦尾部分の装甲は装甲帯を持つか亀甲甲板のみか、それともボックス型装甲か

まとめずに書いてみるとこんな感じか
他にも水中防御がらみでもいろいろと区別できそう、あと軍艦も船であることは忘れてはいけないので、船舶工学上の諸要素を考える必要もあるか
ただここら辺は詳しくないのでここまでにしよう。遺跡の分析とくらべれは資料はすでにそろっているようなもので、建造時期とこじつければ簡単にできそうだが。

もちろん分類による無駄な細分化や複雑化、そして用語の独り歩きなど(あとレッテル張りに使われるかもしれない)の恐れがあり、あまりいい物でもないだろう。
それでも割りと楽しそうで、誰かやってくれないだろうか。

 

・巡洋艦の装甲配置について
ここで言う巡洋艦とは軍縮条約期に保持された巡洋艦や失効後の第二次大戦期に建造された、一般的に軽巡洋艦・重巡洋艦に分類されるものを指す。

これらの艦の装甲配置は、基本的に上で論じた戦艦の集中防御に近い思想に基づいたものが多い(例外ももちろんあり)。
しかし戦艦の重要区画は(多少の厚さの違いはあれど)機関部、弾薬庫ともに同じような形の装甲帯で守られるのが基本であるのに対して、巡洋艦では船体中央と弾薬庫横で装甲範囲が大きく変わる例が多く見受けられる。
この点に注目すると、巡洋艦の装甲配置は以下の4種類に大別する事が可能となる。

1 機関部・弾薬庫横の両方に、同じ高さの装甲帯を持つ配置
上で述べた通り、「舷側縦方向の集中」を行った戦艦などでは普通の配置。しかしこの時期の巡洋艦では意外と少ない。
例としてはデモイン級、ザラ級など。この他には独、伊、ソ連海軍に多いイメージがある。

2 船体中央部のみに装甲帯(もしくは垂直装甲)を有し、弾薬庫は非装甲か水平装甲のみで防御される形
巡洋艦の弾薬庫は完全に水線下に収められたものが多く、水中弾以外なら甲板の装甲である程度対処が可能とも考えられる。
一方で欠点として、その部分は舷側装甲を持たない事から、水線部に被弾した際には浸水被弾が避けられない事になる。

初期の軽巡洋艦(オマハ、5500t型など)で見られる。

3 船体中央、弾薬庫横の両方で舷側に装甲帯を持つが、弾薬庫横で装甲帯の高さを減ずる配置
弾薬庫に装甲を施しつつも、「2」程ではないが防御範囲を犠牲に被弾面積の減少や重量軽減を図った配置。
装甲帯の範囲を側面から見ると、「凸」の字を横に伸ばしたような形となるのが特徴である。
代表は日本重巡や英エジンバラ級、仏ガリソニエール級などが当てはまる。

4 船体中央部のみに装甲帯を有し、弾薬庫(もしくは火薬庫のみ)は艦内部のボックス型装甲で防御する配置
「3」と同じく凸型の範囲範囲となり、横からでは分からないので上面図を追加。赤色が装甲範囲となる。

こちらは水線部の防御を完全に諦めて、より弾薬庫の防御に集中した形になる。水平装甲の範囲も「1」や「3」に対して少ないのも特徴である。
特に条約期以降の英巡洋艦に多い。
これ近いものとして、船体中央に装甲を持たず、弾薬庫のみボックス型装甲で防御する配置形があるが、これは改装前もしくは未改装の英カウンティ級や一部の仏巡洋艦が当てはまる。

またこれら4つの混合型も普通に存在しており、例として前部弾薬庫は「3」だが後部は「4」という配置は、ペンサコラ級からボルティモア級に至る米巡洋艦の多くが採用している。

そして今回は行わないが、上で論じた装甲配置の定義(上部装甲帯や前後部の補助装甲の有無、水平装甲の位置など)で別の分類も可能になるだろう。

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それにしても、HP開設に伴い軽い気持ちで書き始めたつもりだったが、割と検索に引っかかるようになって責任を感じるようになった。
この閲覧数で何言ってるんだと思われそうだが、ネットに晒してる時点で誰に見られるかわからないものだし。
いきなり管理人も毎回楽しみにしている某人気兵器動画シリーズの話に逸れるが、その動画の一つで日本海軍が行った対空射撃の試験結果と「第二次大戦時に米軍が装備した対空砲の命中率は50パーセント」と言う、
どう考えてもおかしい元自衛官の証言を比較し、後者を鵜呑みにした上で旧日本軍の対空能力を酷評していた(と記憶している)

米軍の対空能力が旧日本軍よりも優れていたことは紛れもない事実であるが、それを理由づけるために命中率50パーセントと言う非現実的な数字を持ってきたことは稚拙だったと言わざるを得ない。
(仮に命中率が50パーセントだとすると、マリアナ沖海戦の米軍の弾薬消費量を見ると数千機単位で撃墜できていたはずだし、なにより航空機に50パーセントなら、水上艦相手なら百発百中でないとおかしいと誰もが思うだろう)
他にも恣意的な情報の取り扱いが多く、割と残念な内容だと視聴した際には思ったが、のちに情報の撤回と動画の削除がなされている
。ここで今更批判をするのも作者に失礼な話である。

ではなぜ今その話を蒸し返しているかと言うと、まず動画のコメントを見て「数字を出すと深く疑わず信じちゃう人って結構いるんだな」と言う感想を持ったのが一つ。
そして二つ目には、こういう傍から見ると頓珍漢な間違いや勘違いは必ずあるもので、おそらく自分も怪文書中にとんでもない間違いをしている可能性がある。むしろしていないわけがない
いくら軽い気持ちで書いている上にほとんど誰も見ていないとはいえ、誤った知識をまき散らすのは本当に怖いことだと思う。
言い訳のようなことしか言えないが、あくまでこのページの内容は独自研究(と言うより妄想)であり事実を伝えているわけでないことを前提に閲覧してほしい。
・・・お城のページで某歴史作家が書いた一般書をぼろくそに叩いておいて言えたものではないか。

ネルソン級の装甲範囲の説明がおかしいとか、そもそも片舷にTNT換算400kg以上の魚雷4発食らったらどんな艦艇でも沈む可能性があるとか、いろいろと拗らせた人も見てるわけで、
ただでさえ動画作りは大変そうな上に、基本的に訂正が効かないとなるとやる人は大変だなあと。

実際にくだらない間違いも大量にしてきたわけで、更新履歴で流すことなくここで懺悔しておこう。

管理人が発信してきた電波 訂正済み
1、均等圧縮装甲 (略するとECA?)
2、KGVとヴァンガードの上甲板の装甲厚を混同する(こっそり修正)
3、イタリア戦艦の水平防御を誤って別の装甲換算で計算する(こっそり修正)
4、長門型の水平装甲全般(上甲板70mm装甲は弾薬庫に存在しない、機関部の改装時の貼り足しは25mmのHT鋼のみ、など)
5、アイオワ級の弾薬庫側面には76mmの装甲が貼られている(実際は38mm)
6、英15インチ砲の最大射程を、
ヤードとメートルを取り違えて32kmとする 
7、インヴィジブル級巡洋戦艦 パーフェクトプラッタかな?
8、このサイトでは特に記述していないが、フランスのノルマンディー級は四連装砲塔を前部に集中配置した戦艦だと最近まで勘違いしていた。

10、ノースカロライナ級の舷側を抜いた砲弾は弾薬庫側面の95~51mm装甲に命中する
 → ようやく図面が確認できたので訂正。舷側を抜いた砲弾が当たるのは51mm厚の部分のみ。
11、米標準型の装甲帯バッキングをすべて25mmとする(少なくともコロラドは25mmだが、実際は20.6mm)
12、長門の機関部装甲の合計厚は225mm(少なくとも現時点で調べた範囲では195mm、普通に足し算を間違えたまま放置していた)
13、サウスダコタ(新戦艦の方)主装甲帯バッキングを19mmと表記 (実際は22mm) 
13、KGV級の垂直装甲を過小に見積もりすぎる
14、「戦艦を語る上で欠かせない存在」と言いつつ綴りを間違える。
15、型式と形式を間違える
16、ソビエツキーソユーズ級の砲塔前盾の傾斜を想像で計算する
17、H級戦艦を計画のみとする(1・2
番艦は起工されている)
18、ブルターニュの舷側主装甲帯を270mmとする(実際は250mm+バッキング20mm)
19、QE級の砲塔天蓋の装甲厚を竣工時より変化がないとする(実際は108mmy→127mmに)
20ネルソン級のバーベット装甲は上甲板下から12インチまで減厚する(ネットで拾った図面を鵜呑みにした結果)
 → ようやく自信を持って否定できる。12インチ部分は上甲板より下のバーベットの前後部のみで側面は普通に15インチのまま
21、長門型の砲塔天蓋を250mmで計算する(250mmは傾斜部で平坦部は230mm) なかなか訂正できなくて・・・
22、紀伊型(八八艦隊)の全長を長門と同じとする(実際は天城と同じ)
23、新戦艦編にてヴァンガードの扱いが適当過ぎた(一年半後に表と解説追加)
24、バイエルン級の解説がボロボロ(船首楼~上甲板の間の装甲帯、下甲板周辺の
縦隔壁の範囲などに誤り)
25、ニューメキシコ級の改装時における下甲板の強化範囲を間違える(実際には機関部上のみ)
26、(フランス戦艦編にて)リシュリュー級の38cm砲を50口径とする
27、レキシントン級の装甲範囲を甲板一段分低いものとする
28、常備排水量と公試排水量を混同する
29、ニューヨーク、ネヴァダ、ペンシルヴァニア、アイオワ、モンタナ級の砲塔前盾の取り付け角に誤り
30、カサブランカでのジャンバールの被害に誤り(ドック内←港内の誤り、前日の空襲←直前、5発被弾←7発)
31、ケーニヒ級の上部装甲帯を180mmとする(実際は200mm)
32、ガングート級は水平装甲を強化していないとする(実際はセヴァストポリのみ改装時に強化)
33、キーロフとマキシム・ゴーリキー級の垂直装甲を共に60mmとする(実際は前者が50、後者が70mm)
34、ボロジノ(イズマエル)級のバーベットを300mmとする(実際は約250mm)
35、金剛代艦平賀案の傾斜角や水平装甲などに誤り
36、ニコライ一世の起工年に誤り
37、ソビエツキーソユーズを平甲板型とする(このページの基準だと船首楼が艦尾付近まで伸びる長船首楼型) 
38、天城型に煙路防御はないとする(実際は要目や配置図に8インチのコーミングあり) 
39、天城型の砲塔天蓋を六インチとする(実際は5インチ) 
40、英「L」案を平甲板型とする(連装砲案のみ長船首楼型)
41、ライオン大型案(8万5千トン)を1944年の案とする(実際は42年)
42、遺稿集での金剛代艦のバーベットを16インチ厚とする(読み直すとそんなことは全く載っていなかった)
43、五号徹甲弾の性能を過小評価する(調べてみると割と画期的な性能を持つ砲弾だと判明)
44、長門型改装時の遠側目標安全距離を28kmとする(実際は30km。その後の実験で実際の安全距離は28km程度だと判明)
45、450mmVC鋼に対する試験を撃角20度とする(当初は0度。撃角20度は焼き入れ深さを改善した翌年の試験より)
46、アーカンソーのバーベットを本文では254mmとする(表では正確に279mmとして計算)
47、アイアンデューク級の副砲装甲を存在しないものとする(実際は6インチの装甲帯あり)
48、装甲艦テレメア(正しくはテメレア)
49、「テメレア」の砲配置をフランス装甲艦と混同する(ケースメイトとバーベットの併用という部分しか合っていない)
50、トラファルガー級の上構に重装甲が施されているとする(実際は4~5インチ程度)
51、ドイツ前弩級戦艦は基本コンプリートベルトを持つとする(カイザーフリードリヒ三世級は艦尾に装甲帯を持たない)
52、バイエルン級の水平装甲を合計100mmとする(上甲板の30mm装甲は装甲帯の間しかないので、実際は70mm)
53、仏巡戦ヴェール案の37cm砲を他に例のないサイズとする(装甲艦時代だが仏海軍ではアミラルボーダン級が37cm砲を採用)
54、ロバーツ級モニターのバーベット基部を円錐台とする(実際は角錐台で曲面はない)
55、南米諸国の装甲艦で排水量2000トンを超えたのはチリのコクレーン級だとする(ペルーのインディペンデンシアを完全に失念)
56、フランス戦艦のバッキングに惑わされる
57、スペインが保有した装甲艦を小型艦とモニター程度とする(60年代に7千トン台を小型艦扱いするのは無理がある)
58、海軍休日までのフランス戦艦はすべてコンプリートベルトとする(マッセナは艦尾の一部に装甲帯を持たない)
59、〇均衡 ×均衝
60、日本海軍の14インチ砲の砲弾重量を635kgとする(これは八八式までの数字で、九一式以降は673.5kg)
61、カナリアス級重巡は傾斜装甲を持たないとする(ケント級がベースなので普通に傾斜あり。ヴィッカース社の別案とずっと混同していた)
62、呉空襲の伊勢第三砲塔貫通は表面硬化装甲の使用が主な原因とする(四年ぶりの訂正。戦後の報告書によるとそれよりは命中部位の問題だった。詳しくは日本戦艦編を参照。またそもそも穴は開いたが貫通はしていなかった)
63、古鷹型の弾薬庫側面に2インチの装甲があるとする。(そんな物はない。前部弾薬庫の横隔壁装甲の読み間違い)
64、カサブランカのジャンバールは事前の被害で傾斜していたのではと予想する(これも初期から公開していた内容だが、調べ直すと色々と怪しい)
65、北岬沖海戦を夜戦に含めない(正直一年以上前には気付いていた覚えがあるし、すごく恥ずかしいが間違いは間違いなのでここに記録する)
66、クリーブランド級の弾薬庫垂直装甲を127mmとする(少なくとも後部弾薬庫はブルックリン級と変わらない120mm。前部の厚さは不明)
67、米重巡などの装甲配置を上記分類における「3」とする(実際は前部のみ装甲帯、後部はボックス装甲という「3」と「4」の併用が多い)
68、英軽巡で最初に背負い配置を導入したのはE級とする(実際はD級の時点で採用)
69、日本重巡で竣工時より釣瓶式揚薬機を有したのは妙高型からとする(実際は高雄型から)
70、ノーザンプトン級の建造数を3隻とする
71、富士型の前盾を254mm、水平装甲を76mmとする
72、フランス新戦艦の装甲傾斜角で小数点以下を無視したり複数の誤り(舷側はリシュリュー15.4、ダンケルク11.5、ストラスブール11.8。また背後の下甲板傾斜部は24度内傾。数年前から気付いていたけれど、1.3使うのが面倒で・・・)
3、オスロフィヨルドでのブリュッヒャー戦没で幾つか誤り。交戦距離を1.5kmとする、被雷後すぐ沈んだかのような表現など。(実際は600m。また戦闘の一時間後に誘爆、その後30分後に総員退艦という流れ)
74、90年代ドイツ艦の装甲配置(水線部に高さの無いコンプリートベルトのみを設けるフランス式配置)の初出をヴェスペ級砲艦とする。(実際はモニターなどと同じく乾舷全体に装甲帯を設ける配置)
75、大淀の弾薬庫装甲配置をボックス型とする(実際は内装式装甲帯に近い)
76、揚弾・揚薬機の形式にて、「エンドレスチェーン式で内部に複数の弾薬が通る物」と「せり上げ式」を混同する。(実際は違う形式である。なお英語圏では前者はドレジャーホイスト、後者はプッシャーホイストという呼び名が良く使われるようだ)
77、敷島型の砲塔機構をマジェスティック、カノープス級の一部艦と同じ物とする(実際はカノープス級の一部のみが採用した物と同じ形)
78、ブラジルのミナス・ジェライス級の最終案をヴィッカース社の物とする(実際はアームストロング社が作成)
79、クイーンエリザベス級の下甲板傾斜部を76mmとする(実際は25mm。6年ぶりに訂正・・・)
80、英28年条約型戦艦案で検討された水中弾防御の方式を装甲帯と逆方向に傾斜する「くの字」型方式とする。(実際の傾斜は装甲帯と同じ方向)
81、フランス戦艦で水中弾防御は特に確認されていないとする(最終的に未定な部分もあるがリヨン級で導入が要求されていた)
82、ダンケルクの機関部中甲板装甲を100mm+15mmとする(実際は115+15mm)、下甲板傾斜部を50mmとする(50mmはストラスブールのみ)
83、メルセルケビール攻撃でダンケルクの二番砲塔の右側2門が使用不能になったとする(実際は損傷した砲との連結を切って人員を補充すればもう1門は復旧可能な状態)
84、米戦艦で装甲帯と下端に接続する甲板傾斜部の組み合わせを最初に設けたのはヴァージニア級とする(実際はキアサージ級の弾薬庫横が最初)
85、サウスカロライナ級の前級をコネチカット級とする(実際はミシシッピ級。ヴァーモント級に分けるとしても厳しいか)
86、ワイオミング、ニューヨーク両級のハーフデッキの存在とその装甲を無視する(これも大分長年放置。最初に書いた時は会心の出来だと思っていたが)
87、ワイオミング、ニューヨーク両級の機関部下甲板を2インチ厚とする(資料によってはそうとあるが一次資料優先では誤りか)
88、ワイオミング級の改装時に下甲板が強化されなかった理由として、同級の発令所が下甲板の上に置かれていたからとする(上にあるのはニューヨーク級で本級は普通に下。これも何年載せてたんだか)
89、阿賀野型の弾薬庫横垂直装甲を舷側に設けたとする(一部不明だが普通に大淀に近く後部はボックス配置・前部は二重外板の内側を装甲化)
90、オランダ海防戦艦の水平装甲は平坦なまま装甲帯の上端に接続するとする(実際は亀甲甲板)
91、ジャワ級巡洋艦の水平装甲は平坦なまま装甲帯の上端に接続するとする(実際は亀甲甲板で下端に接続)
92、巡洋艦デロイヤルの水平装甲は平坦なまま装甲帯の上端に接続するとする(実際はより低い位置で水雷防御隔壁の上端に接続。両者でボックス装甲を形成するヴァイナモイネン級に似た配置)


修正はしていないが一部確証が取れない物、議論の対象になっているもの
1、長門型の初速は秒速806mなのか(米軍と同じくnew gunの貫通力で計算するためにいじったが、数字自体は原史料にないものらしい)
3、そもそも旧式戦艦の計算に使用している表面硬化装甲の材質を間違えている疑惑。
4、かなり今更だがノースカロライナやサウスダコタの16インチSHS45口径は垂直貫通力が妙に低い。真珠湾復帰後のコロラド級の16インチ砲と大差ないのはおかしいのでは。
6、O級の装甲全般 → 一応確定している分と分けて書き直し
7、クイーン・メリーはライオン級三番艦なのか(艦橋や機関、使用砲弾などが異なり、3番艦ではなく準同型艦とした方が適当か)
8、ここに来て改装後長門型の砲塔天蓋NVNC説 確かに松尾少佐の方針とも矛盾しない・・・
9、そして金剛型砲塔天蓋はVC鋼ではなく、元のVNC3インチに装甲貼り足し説(造船技術概要のメモにそれらしき記述あり)
10、グラーフシュペーの砲塔天蓋前傾部分はWh鋼なのか(一番艦ドイッチュラントではこの部分はKC。ただ一番艦でKCだったバーベットが二三番艦でWhになった例もあるので、確定できない)
11、R級の改装時に追加された装甲厚は51mmか64mmか
12、ポートランド級の垂直装甲厚(一部は原資料で確認できたが他は何が何だか)
13、一次大戦時の米海軍が(ユトランド前の)英国式徹甲弾を購入していたか(どうしても出典が思い出せず、今調べると戦後の物しか見つからない。一応米陸軍はこの時点でハドフィールド社と技術提供の契約を結んでいるが)

 

上でも書いたが、そもそもの貫通力試算にずれ(対垂直過剰・水平過小)があるのだから、もう少しそのことを強調した解説にするべきか。
(一応それを踏まえて、表の赤字表記を垂直装甲23km以遠・水平装甲25kmより近くと、実際の主な交戦距離よりずらしているのだが、数字が独り歩きしてしまうのはまずいだろうな)

参考資料等

とりあえず順番や書式がボロボロだが、参考とした物を(一部は若干の紹介や参考箇所と)共にまとめておきたい。更新内容により今後も随時追加する予定。
(詳しい人が見れば「ここら辺の艦については全然調べてないんだな」と気付かれるものしか出せないが)

http://www.panzer-war.com/

まずNAaB1.3の制作者Steven Lorenz氏のサイト。もしこのNAaBが無ければこのページが作られることは無かったと思われると同時にこんなサイトで悪用している事への謝罪も必要だろう

http://www.navweaps.com/index_nathan/index_nathan.htm

元となるデータは装甲や終末弾道学の権威であるNathan Okun氏が作成。氏はNavweaps等にて様々な記事を寄稿しており、本ページでは各装甲の特性、装甲の一枚板換算や砲弾の損傷、被帽脱落についてなど、多くの面で氏の理論を使用させて頂いている。こちらも中途半端な理解で持ち出した事に必要に申し訳なさを感じているのも

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一般書籍

Aidan Dodson, The Kaiser's Battlefleet: German Capital Ships 1871-1918, Seaforth Publishing, 2016

Alexander Richardson ed., Brassey's Naval and Shipping Annual 1921-2, William Clowes and Sons, 1922
ジェーン年鑑と共に戦前を代表する専門誌であるブラッセイ海軍年鑑。ウィキペディアでよく見るちょっと古い(そして少し間違ってる事も多い)装甲配置図の出典元の一つ。
特に海軍休日までの号は兵器と装甲をテーマにした特集記事に大きくページを割いており、両者の発展期と言えるこの時期の豊富な情報を伝えている。あと名のある企業が出した(いつかの号は川崎重工も)広告にも注目。

Edward L. Attwood, War-ships, Longman, green, 1910

David K.  Brown, Warrior to Dreadnought : Warship Design and Development 1860-1905, Seaforth Publishing, 2010

同上, The Grand Fleet : Warship Design and Development 1906-1922, Seaforth Publishing, 2010

同上, Nelson to Vanguard: Warship Design and Development, 1923–1945, Seaforth Publishing, 2012

H.W. Wilson, Ironclads in Action, London, 1897   

Ian Johnston, Ian Buxton, The Battleship Builders, Seaforth Publishing, 2013

John Jordan, Robert Dumas, French Battleships 1922–1956, Seaforth Publishing, 2009

John Jordan, Philippe Caresse, French Battleships of World War One, Seaforth Publishing, 2017

M.J. Whitley, German Capital Ships of World War Two, Arms & Armor, 1989

Norman Friedman, U.S. Battleships AN ILLUSTRATED DESIGN HISTORY, Naval Institute Press, 1985 
著者は艦艇の中でも特に計画史に重点を置いた大作で知られる。「艦砲と装甲」というタイトルで始めた本ページだが、それ以外の記述がやたらと増えたのは大体この人のせい。

同上, The British Battleship 1906-1946, Naval Institute Press, 2015

同上,  British Cruisers: From Treaties to the Present, Seaforth Publishing, 2010

R. A. Burt, British Battleships 1919-1945 New Revised Edition, Naval Institute Press, 2012

学研ムック
2003年『伊勢型戦艦(歴史群像 太平洋戦史シリーズ26)』学習研究社
折込にある伊勢型戦艦(航空戦艦改装後)の装甲配置図を参照。

2003年『世界の戦艦(歴史群像 太平洋戦史シリーズ41)』学習研究社
大塚先生によるドイツ艦批判の最盛期を楽しめる一冊。主に一次大戦後の英計画艦、ドイツ、ソ連計画戦艦について参照。

2004年『日本の戦艦パーフェクトガイド(歴史群像シリーズ)』学習研究社
日本戦艦全般について。正直一部の記述や図等は古くなった面もあるが、本格的にこの趣味を始めた頃に読んだ本の中では断トツに良い内容だった記憶がある、思い入れの深い一冊である。

2007年『アメリカの戦艦(歴史群像 太平洋戦史シリーズ58)』学習研究社
アーカンソー以降の二次大戦期までの米戦艦全般(計画艦に巡戦、大型巡を除く)について参照。

カーユス・ベッカー著 松谷健二訳 2001年『呪われた海 : ドイツ海軍戦闘記録』 中央公論新社

寺西英之 2007年 『海軍装甲技術史』 慶友社
英国製の6戦艦の装甲から大和型のVH・MNCまで名前の通り日本艦艇の装甲史全般について扱った書籍。3年帽と5号弾に関する致命的な誤りが一か所見られるが、この時期の徹甲弾の進歩についても扱っている点で非常に貴重。

奈倉文二 横井勝彦 小野塚知二 2003年 『日英兵器産業とジーメンス事件』 日本経済評論社
弩級戦艦時代の英企業について。「リチャードソン鋼」への言及もあり

日本造船学会編 1981年『昭和造船史 第1巻 戦前・戦時編』 原書房

福井静夫 2008年『日本巡洋艦物語』光人社
戦後も活躍された福井静夫元技術少佐の寄稿文をまとめたシリーズの一冊。主に戦後議論の対象となった条約期以降の巡洋艦の機関部縦隔壁について参照。

同上 2009年 『世界戦艦物語』 光人社
日本戦艦(金剛~大和型)の装甲配置(改装前・後)を機関部だけではなく弾薬庫部分も掲載。他に各国新戦艦の配置図もあるがこちらはやや不正確。

潮書房光人社『丸』2014年7月号 
呉空襲での伊勢第三砲塔天蓋への被害写真を掲載

世界の艦船も一部目を通しているが、装甲配置関連ではあまり・・・
だからと言って記事をまともに読んでいないのが基礎知識の貧弱さの一因となっているのは否定できない。今度真面目に読み直すか・・・
日本の12戦艦の装甲厚や配置を調べる上では石橋孝雄 2007年『図解 日本帝国海軍全艦船 1868-1945 戦艦・巡洋戦艦』並木書房 
が図面が豊富で非常にわかりやすいと思う
しかし管理人は結構前に都内の図書館で流し読みしただけの上に、入手する機会もなさそうなので参考文献として挙げることはできない。

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HP(閲覧日が出せない物ばかり・・・)、論文等

NavWeaps  http://www.navweaps.com (ご存知の方も多いと思われる、近現代の艦載兵器を扱った一大データサイト。艦砲の基本データの他、砲塔の装甲厚、揚弾機構などを参照した)

ARMOR PROTECTION OF THE BATTLESHP KM BISMARCK by Nathan Okun  http://www.combinedfleet.com/okun_biz.htm(タイトルにはビスマルクとあるが実際は各国新戦艦を扱った内容)

kbismarck.com(ビスマルク級について)

Siegfried Breyer, The Armor of German Warships 1920-1945

・Warship International誌掲載記事(コロナ禍でほぼ読み放題になっていたので)

Anthonie van Dijk, The Mysterious Floating Batteries of the Royal Netherlands Navy, Vol. 25, No. 3, 1988

Id., The Drawingboard Battleships for the Royal Netherlands Navy: Part I, Vol. 25, No. 4, 1988

Id., The Drawingboard Battleships for the Royal Netherlands Navy: Part II, Vol. 26, No. 1, 1988

C. C. Wright, Design Histories of United States Navy Warships of World War II: An Example of an Official History—USS Independence (CVL-22)

David Topliss, The BRAZILIAN DREADNOUGHTS 1904-1914, Vol. 25, No. 3, 1988

Henri Le Masson, translated by Jean-Pierre Roche, The Lyon class battleship, Vol. 21, No. 4, 1884

Id., Some French Fast Battleships―That Might Have Been, Vol. 22, No. 2, 1885

Joseph Caruana, FURTHER INFORMATION & CORRECTIONS: WARSHIP INFORMATION SERVICE, Vol. 10, No. 4, 1973

Keith Allen, Notes on U.S. Battleship Main Battery Pre-war Fire Control Systems, 1910-1945, Vol. 55, No. 2, 2018
方位盤導入前から新戦艦に至る米戦艦の射撃指揮システムに関する記事。現時点ではアーカンソーの追記範囲のみに反映。

Lt. Jurrien S. Noot, Design studies for the Royal Netherlands Navy 1939-40, vol. 17, 1980

Nathan Okun, Face Hardened ARMOR, vol.26, 1989

Peter Schenk, Dirk Nottelmann and David M. Sullivan, From Ironclads to Dreadnoughts: The Development of the German Navy 1864-1918 Part I, vol. 48 no. 3, 2011

Id., From Ironclads to Dreadnoughts: The Development of the German Navy 1864-1918 Part II, vol. 49 no. 1, 2012
現時点では改稿範囲の装甲艦について参照。ちなみにパート9には国内ではおそらく取り上げられた事のない貴重な情報が乗っているが、本ページで論じる範囲ではないので興味のある人は各自見てみると良いだろう。

Rafael Fernández, Nicholas Mitiuckov and Kent Crawford, The Spanish Dreadnoughts of the "España" class, Vol. 44, No. 1, 2007
現在改稿中の項目で参照

Strafford Morss, The Washington Naval Treaty and the Armor and Protective Plating of USS "Massachusetts" Part I, vol. 43 no. 3, 2006

Id., The Washington Naval Treaty and the Armor and Protective Plating of USS "Massachusetts" Part II, vol. 43 no. 4, 2006
サウスダコタ級以降の米新戦艦が用いた装甲帯のキー接合を始めとする装甲の接合・装着法、蜂の巣甲板の存在などについて参照。

Willard C. Frank, Canarias, Adiós, Vol. 16, No. 2, 1979

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大川邦之助「大口径徹甲弾を着色弾に改造した経緯」『呉海軍工廠造兵部史料集成 下巻』呉海軍工廠造兵部史料集成編纂委員会 2001

佐々川清「装甲鈑製造についての回顧録」『鉄と鋼 53年第9号』日本鉄鋼協会 1967

『呉海軍工廠製鋼部史料集成』呉海軍工廠製鋼部史料集成編纂委員会 1998より
大谷益次郎「本邦ニ於ケル甲鈑製造法発達ノ歴史」
野田鶴雄「海軍ニ於ケル徹甲弾製造発達史」
「9・6 斉尾慶勝技術中将の海軍在任中のメモより抜粋」

牧野茂・福井静夫編『海軍造船技術概要』今日の話題社 1987 より
「主力艦防禦計画変遷図」
「実験研究ノ経過竝成果ノ大要」
「各艦船ノ改装計画ノ経過ト要領竝特徴」

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一次資料等

米海軍ダメージレポート
https://www.history.navy.mil/research/library/online-reading-room/title-list-alphabetically/w/war-damage-reports.html
https://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/rep/WDR/index.html

UNITED STATES NAVY DEPARTMENTBUREAU OF CONSTRUCTION AND REPAIR / BUREAU OF SHIPS "SPRING STYLES," 1911-1925 AND 1939-1944 U.S. Naval History and Heritage Command Photograph.
http://shipscribe.com/styles/index.html
米海軍の艦船造修局が作成した研究案(通称spring style)の資料をまとめたサイト。海軍休日前までの米計画艦、特に巡洋戦艦計画と最大戦艦案について参照した。また上のペンシルバニアの図面もここの資料を基に作成。

U.S. Naval Technical Mission To Japan http://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ_toc.htm
Japanese Heavy Armor 
Japanese Projectiles General Types 
Reports of Damage to Japanese Warships-Article 3

OP 1458, Fragmentation Data on Bombs and Projectiles (1945)

Ordnance pamphlet 1112 Gun Mount And Turret Catalog, BuOrd, 1945

国立海事博物館National Maritime Museum, Greenwich, London https://www.rmg.co.uk/collections  
英巡洋艦などの図面を参照

・平賀譲デジタルアーカイブ公開資料(東京大学柏図書館所蔵)

八八艦隊関連 
実際はこれに加え、 カード目録:〔戦艦長門改設計以降の主力艦計画資料〕にある各案の配置図が主な参考資料となるが、こちらは書ききれないので省略
識別子      資料名
20850501 主砲研究会関係記録
20490101 軍艦天城、赤城、防禦配置大体図 (天城図に紀伊防御を記入)
21611001 軍艦長門改正図   (長門型改装前)
22040601 軍艦長門大体計画改正案 (名前に反して改正前のA110の配置図)
22040901 Nagato改正案 大正5.8.8
22040401 軍艦長門改正案比較
22070201 加賀及新計画戦艦 中央切断比較図/戦艦基本計画メモ  (加賀・天城型)
22261301 軍艦紀伊・尾張 最大中央横断 (紀伊型戦艦)
21930201〔各種巡洋戦艦中央横断図面等〕(B62各案)
20500101 二連装、三連装及四連装41㎝砲塔搭載艦排水量比較大体 (四連装砲塔説に付属)
22050101 Particulars “Fuso”“Hiei” and New designs(A124 B61) 1917.12.10 (A115~124、B58~61)
22050201 Particulars of Battle-Cruser “I”“II”“III”“IV” 1916.9.1 (四万五千トン巡洋戦艦案)
22070801 〔戦艦長門・A124・A126・A127の中央断面における装甲比較・壁掛図面〕
21450401 四連装砲塔説。 海軍造船大佐 平賀 譲
21472101 B62.protection〔巡洋戦艦B62の装甲防禦検討メモ〕
21470101 〔巡洋戦艦B62A~Fの要目・列国の巡洋戦艦の要目との比較〕
22170901 夕張基本計画説明 大正10.6.12 (夕張並びに13号艦について)
22260201 戦艦要領書〔戦艦紀伊・尾張型〕〔他、天城型巡洋戦艦との相違点など〕(天城・紀伊の防禦強化案あり)

八八艦隊以外の日本戦艦関連
20470401 [白鷹・厳島要目表] (実際は金剛代艦平賀案の関係資料)
20870301 BATTLE CRUISER HARUNA MIDSHIP & END SECTIONS. (金剛型改装前)
21160101 「軍艦山城一般艤装図」
22240701 戦艦扶桑一般配置図面  (扶桑型改装前の装甲配置)
22281101 伊勢級・長門級・加賀級・金剛級改造案
22281201 〔扶桑級改造案〕
22320401 艦本案 □Final〔金剛代艦基本計画資料・海軍艦政本部案の一般配置図〕他 (金剛代艦軍令部案の図面)
22330901 〔金剛代艦基本計画資料・主砲塔搭載数検討〕  (金剛代艦軍令部案の重量表あり)
22562201 〔各種軍艦装甲の鋼板種類一覧〕 (河内までの日本戦艦の装甲材質について)

巡洋艦関連
20820301 「加古級」
20820601 「各国巡洋艦比較表」
20950201 「軍艦加古、古鷹、衣笠、青葉、防禦配置図」
21650101 「軍艦加古・古鷹・衣笠・青葉一般艤装図(3枚)」
22170101 「軍艦夕張防禦及兵装略図」
60510201 〔講演用壁掛図表:鉸鋲図〕

外国軍艦関連
10130101 Naval Construction during the war  (エリン・エジンコート・カナダ・カレイジャス・レナウン改装前の装甲配置)
10310101 『列強軍艦設計ノ大勢ニ就テ』 (海軍休日期の戦艦並びに巡洋艦の装甲配置図あり)
10420401  PROTECTION OF CAPITAL SHIPS.  (フッド・レキシントン・サウスダコタ・バイエルン級)
20650901 英国戦艦'MARLBOROUGH'中央及ビ前後切断 英国駐在 河合造船大技士 明治四十五年七月・大正九年八九月 横須賀海軍工廠造船図製図 出図第400号 大正3年3月5日 (アイアンデューク級)
22500101 英国巡洋戦艦フッド一般配置図・主要部断面図  (フッド)
40020101 弩級艦   (準弩級艦からワシントン条約までの艦の要目)
40400801 英35000T 〔中央横断面をあらわす記号〕  (ネルソン級)
60420501 〔講演用壁掛図表:英国・米国主力艦横断図と弾道〕 
60080201 大正十三年十二月廿三日・欧米視察所見・海軍少将平賀譲
70650301 英国戦艦"WARSPITE"中央及前後部切断図 英国駐在 河合造船大技士 (クイーンエリザベス級)
70690201 各国海軍船底の趨勢  第1巻 米国主力艦の部 (ワイオミング~サウスダコタ級)

装甲並びに艦砲関連
20850801 四十一糎三連装砲塔四基ト四十六糎二連装砲塔四基トノ砲力比較(九、六、一)井口大佐 
20560201 五十口径四十六糎砲 砲塔組立図
20561101 軍艦ノ砲砲装弾薬及装甲ノ変遷 (大正八年八月調)
20562701 各国海軍大口径砲弾道性能比較(9-3-27)
20562603 「仰角-砲長-距離-口径」・「穿貫厚-砲長-距離-口径」
21390301 比叡 発射時ニ於ケル砲塔内ノ振動調査装置(14インチ砲塔)
21480101 五十二.五口径・五十口径 四十糎 三連二連砲塔 船体関係要領図
21480701 五十二.五口径 四十糎 三連装 俯五・仰十五度間任意角装填式塔 砲塔計画図 
21970201 [英ハドフィールド社から小林躋造への書簡等]
22380801 (15) 装甲鈑 矢野中佐 (10年代の装甲、砲弾について)
22381401 大正八年五月十二日 □□長会議 (報告用 (長門型の防御に対する各種試験について)
22390501 甲板厚サ対撃速撃角曲線 四十糎四十五口径砲 (新型砲弾関連について)
22492001 18'甲板試験 (26年に試作された450mmVC鋼への試験について)
22491901 36C/M砲弾対甲板効力 (新型砲弾関連について)
22491801 各種砲弾の存速及落角曲線
22491101 戦闘距離対防禦鈑厚(十六吋四十五口径砲) 2-7-1 (新型砲弾関連について)
40500101 大正七年八月 甲鈑対弾丸効力標準 海軍大佐 金田秀太郎 (10年代の装甲、砲弾について)
60020101 「英国視察概要其三・大正十三年九月十五日・造船少将平賀譲・毘社鋼鉄板ニ就テ」

・JACAR(アジア歴史資料センター)資料 主に日清日露での被弾状況の調査に使用。
C05034616100「第707号 10.10.19 甲鈑輸送に関する件」
C05110049800「第7号 軍艦三笠弾痕図 軍艦三笠弾痕図参考」
C05110050200「第11号 軍艦三笠7吋及ひ6吋鋼鈑破損図」
C05110054600「第2編 旅順口及ひ仁川の敵艦隊に対する作戦/第15章 黄海々戦後に於る艦隊の動作」
C05110054800「備考文書」
C05110084400 「第2編 日本海海戦/第1章 5月27日の戦闘(第1合戦)」
C05110085700「第7号 日進艦長海軍大佐竹内平太郎の提出せる軍艦日進日本海海戦戦闘報告」
C05110195900「極秘 明治37.8年海戦史 第10部 附記 巻2」
C08020037600「軍艦河内、摂津製造の件(1)」
C08040512900 第24号 征清海戦史 巻 10(黄海海戦)(4)
C08040513000 第24号 征清海戦史 巻 10(黄海海戦)(5

このほかにはnavypedia.org やウィキペディア各ページなども普通に参考にしている。
先述した通り参考資料内で取り上げられなかった艦については、かなりいい加減に調べたものと思っていただければ。

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補足の補足

用語解説
「艦砲と装甲」用語集として独立。随時更新中

 

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交戦距離の例
第二次大戦時の一部 まずは昼戦。

ロフォーテン諸島沖での戦い:極めて悪い天候で双方速力を落としつつ、英レナウンが距離16.5kmで独グナイゼナウに3発の命中弾を与え、砲塔一基を使用不能にしている。一方ドイツ側もレナウンに二発命中を記録
カラブリア沖海戦:英戦艦ウォースパイトが距離24kmで伊戦艦に命中弾を与える。シャルンホルスト・グナイゼナウによるグローリアス撃沈とともに、移動目標に対する遠距離砲撃記録とされる
→逆に言えば、実戦ではこれ以上の距離で移動目標に命中弾を与えた記録は無いことになる。(カサブランカのマサチューセッツやサマールの大和がこれを超える記録を持つという話もあるが、広く支持されているわけではない)
デンマーク海峡海戦:
距離24kmで砲撃開始。フッドを爆沈させたビスマルクの一撃は距離14km程と推定される
ビスマルク追撃戦:距離23kmから砲撃開始。ビスマルクの砲塔を破壊した命中弾は少なくとも18km以内。その後ロドニーは火力を失ったビスマルクに対し、距離3km程で砲撃を加えている
第一次シルテ湾沖海戦:伊戦艦リットリオが32kmから砲撃を開始するも、特に命中弾なく早期に戦闘終了
第二次シルテ湾沖海戦:リットリオが17kmから砲撃開始、複数の英艦艇に命中弾もしくは至近弾を与えるがこれらは距離14km以内。
トラック空襲時の水上戦闘:アイオワ級を含む米艦隊が、駆逐艦舞風を接近時7km程、軽巡香取を距離13km程の距離で砲撃を加え撃沈。駆逐艦野分に対して30km以遠での砲撃も実施されるも命中せず
サマール沖海戦:大和が敵空母艦隊を発見後30km以遠で砲撃を開始。早期に至近弾で損傷を与えたとも言われるが、戦果については不明な点が多い 

一方で第二次大戦時は戦艦が夜戦に参加する機会も多くあり、戦艦同士の戦闘も発生している。

・夜戦の例
マタパン沖海戦:英戦艦がイタリア重巡に対し、距離3kmから集中攻撃を加えて撃沈
第三次ソロモン沖海戦:乱戦となった第一夜戦では比叡が一部駆逐艦と「機銃弾の届く距離」で戦闘を行っており、第二夜戦でもワシントンが霧島を距離7km程から砲撃し撃沈
北岬沖海戦:レーダーを失ったシャルンホルストに対して、英戦艦DOYが12km程まで接近し砲戦開始。同艦の機関部に損傷を与えて決定打となった一撃は20km程
スリガオ海峡海戦:巡洋艦部隊の後方に控えた米戦艦部隊の内、新型レーダーを備えた3隻は西村艦隊に対し、距離21kmから発砲開始。戦果については諸説あるが、こちらも夜戦にしては遠距離にて命中弾を記録している

一方巡洋艦の記録を見ると、戦闘機会が多かった事も関係していると思われるが、距離20km程度で命中弾があった海戦はスラバヤ沖、アッツ島沖、カラブリア沖、スパルティヴェント岬沖パンテッレリーア沖と複数発生している。
中でもスラバヤ沖のエクセターへの命中弾は、(おそらく日本側の記録を元にしたと思われる)海戦図では普通に25km以遠という事実であれば真の遠距離命中記録となる数字である。
(命中率自体は極めて低かったが)。仮に戦艦も同海戦並に延々と砲戦を行う機会があれば(本当にあればだが)、30km付近での命中弾という可能性も否定できないかもしれない。

なお二次大戦以前の大まかな交戦距離は、日清戦争が2~3km(最大5km)、日露戦争が3~6km(最大13km)、第一次大戦7~18km(最大20km)程。
これらの記録と比較すると、二次大戦時は最大命中距離こそ予想程伸びなかったとは言え、距離10km台前半での命中精度が大きく向上していた事が確認できる。

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交戦において重要な部位

弾薬庫  
主砲などの弾薬を保管する場所。弾火薬庫とも。砲弾を置く弾庫と装薬を置く火薬庫に分ける事が出来る。特に後者は被害が及んだ場合に爆沈の可能性があるなど 艦において最も被害を避けるべき危険な部位である。また被害があっても必ずしも爆沈するとは限らないが、対応する砲に弾薬を供給できなくなり、火力が低下する可能性が高い。

機関部 
艦の心臓部。被害を受けた場合当然の事ながら速力を失う。また水圧や電気といった動力もここで生み出される事が多いので、被害により速力以外の能力にも影響が出る可能性も存在する。他には厳重に区画分けされた船体の中では比較的大きい区画なので、浸水により復原性に与える影響が大きめである点も。

上記の弾薬庫並びに機関部は基本的に船体の装甲区画内におかれ、側面を舷側装甲もしくは艦内部の垂直装甲、上部を甲板の水平装甲 さらに前後を横隔壁装甲によって防御される。
この内横隔壁装甲は、通常の砲戦では艦の向きから被弾する確率は少ないとして、残りの垂直・水平装甲を表で扱う部位とする

主砲塔  
攻撃力の要。主砲は基本的に砲塔に収められ、砲の周囲は砲室、揚弾機構などを収めた旋回部はバーべットで防御される。
当然ここが破壊されれば、攻撃力が低下して戦闘で不利になる。それ以外には内部の装薬が誘爆した場合、爆焔が弾薬庫に達して爆沈する危険が存在する。ただしユトランド海戦以降は対策が採られており、被害から即爆沈とはそう簡単にいかないとも考えるべきである。
砲室の中でも被弾しやすい前盾と天蓋、そしてバーベットを表で扱う事とする。

副兵装  
戦艦の場合中口径の平射砲や小口径の対空砲などが該当。砲塔以外にもケースメイトであったり砲架のみで置かれる場合も。
主砲と同じく誘爆からの爆沈も可能性はあるが、二次大戦時は基本的に対策が取られている。また1次大戦以降は交戦距離の延伸もあって、戦艦同士の戦いで副兵装による攻撃の効果は小さい。そこから破壊されても防御・攻撃面の両方で影響は少ないとして、表では扱わない事とする。

艦橋 
艦の要員が指揮を執る場所や、射撃指揮所、レーダー関連設備が設けられるなど、間違いなく戦闘において重量な場所だが、基本的に司令塔を除いて重装甲を有してない。その司令塔についても、破壊されても艦の生存性には関係ない事や、装甲を設けても内部に被害が出て指揮機能を失った例から、その効果には疑問が存在する。
という事でこの部位も表では扱わない事とする。

   
戦史においてビスマルクや比叡の喪失原因となったように、操舵能力の喪失も艦の生存性に大きな影響を与える事は間違いない。
基本的に舵そのものは装甲は施せないが、艦尾にある舵を操作する機械が置かれた部屋(舵取り機械室)に防御が施される事が多い。
本ページを書き始めた頃、この舵取機械室の防御について詳しくなかったなどの理由により、現時点では表で扱っていない。

その他の船体区画  
たとえ特にに重要な設備がない場所でも、船体そのものは艦の浮力や復原性に何らかの影響を与えている。
安全距離という概念とはまた違う防御の指標であるが、本ページの目的とはあまり関係の無い話なので、表では扱わない部位となる。
(本気で扱う場合、部位ごとの容積と浸水量を計算して、破壊された場合に復原性に与える影響が云々とできればよいのだが、これまた素人ではまず無理)

戻る 

・艦首戦闘の是非について
これは兵器としての戦艦云々だけでなく、その運用法が大きく関わるものと言える。
そこで装甲艦の登場より前、より古い時代から海戦での例を挙げていきたい。

装甲艦以前の主力と言えば戦列艦だが、これが戦列を組んで艦隊戦を行うのが基本になったのは、17世紀英蘭戦争の頃だという。
戦列艦は片舷に数十門に達する多数の砲を並べるも、艦首尾方向に向けられる砲は少なく数門に過ぎない。
さらに砲架も車輪の付いた架台を人力で操作するのが基本なので、砲を旋回させて指向するのも難しいと言う風に、艦首尾方向に発揮できる火力は舷側に比べ著しく劣っていた。

加えて艦首尾方向を敵にさらすことは、火力を低下させるだけでなく、防御面でも致命傷を受けやすい危険があった。 
当時の海戦で用いられるのは爆発しないただの鉄球が基本であり、運動エネルギーに任せて命中したものを破壊するのが役割である。
これが舷側の木材を抜いた場合、奥の大砲やらその人員に被害を与えつつ、反対舷に当たるなりして止まるか船外に出るものだが、艦首・艦尾から縦方向に貫通した場合、勢いの続く限り砲甲板を駆け巡り続けるので、与える損害は舷側から撃たれた場合の比ではない。
このような攻撃方法は、敵艦を縦に貫くように砲撃する事から、縦射(英語だとraking)と呼ばれる。

なお縦射の対象として、曲線を描いている分砲弾を逸らす可能性がある艦首(代わりに浸水からの速力低下の恐れがあるが)に比べ、艦尾の防御力は大きく劣る。
当時の艦はトランサム・スターンのような平面な形が基本なので、艦尾をさらせば垂直に砲弾が命中しやすく、それ以前に士官の居住区などがある為装飾が施され、実質ガラス一枚で船外と隔てられる場所すらあった。
そういった居住区と砲甲板を隔てる隔壁も、戦闘時には撤去されるような簡素な物しかないので、撃たれればまず砲弾が侵入してしまうだろう。
オーブリー艦長も言っていた通りどんな艦で艦尾は弱く、ここを縦射されるのは当時の海戦で最も避けたいことの一つであるのは間違いがない。

このように当時の戦闘では火力と防御両方の面から舷側を向けた戦闘の方が都合がよく、海戦では双方とも縦陣を組んで舷側を見せつつ打ち合う形(主に同航戦)が基本とされていた。

一方で帆船時代の終わりごろになると、一見こういった基本形から反した戦いも起こっている。
有名なトラファルガーの海戦もその一例で、単縦陣を組む仏・西連合艦隊に対して、ネルソン率いる英艦隊は複縦陣で突撃。
乱戦の果てにネルソン自身も戦死するが、連合艦隊を撃滅する歴史的勝利を飾っている。

この突撃には主に二つの利点があったと言われている。
一つ目は乱戦に持ち込んで、敵艦隊に決戦を強いる事。
当時のフランス海軍は革命戦争以降、英海軍による海上封鎖もあって練度は低下するばかりで、かつスペイン海軍との連携という問題も存在した。
なので英海軍からすれば、普通に戦闘を行えばこちらが有利だという自信があった。
しかし先述したように、当時の海戦ではそう簡単に敵艦を撃沈する程の被害を与えるのは難しく、不利を悟った連合艦隊が撤退する場合には、風向きによってはこれを追撃出来ずに逃走を許す可能性が存在した。
これでも本土上陸を防ぎたい英海軍にとって勝利には違いないが、再び上陸作戦を行えないよう敵艦隊を壊滅させることが一番望まれていた事である。
そこでネルソンは同航戦を放棄し突撃、敵艦隊が逃走できない混戦状態で殴り合いを強いる状況に持って行ったのである。

これだけだと練度任せのゴリ押しのような感じもするが、この突撃にはもう一つの利点があった。
突撃中自艦隊は、敵艦隊の大部分から艦首へ縦射される代わりに、いったんこちらが相手の戦列に達すれば、それを横切りながら左右の艦の艦首艦尾に至近距離から縦射を行う機会を得るのである。
戦列に達するまでに一方的に打たれる事から危険な賭けの面もあったが、交戦距離や風向き、敵の練度も影響して、実質的な損害は低かった。
先頭を行くヴィクトリー、ロイヤルサブリン含め、どの艦も突撃時には致命的なレベルの損傷はなく、艦首に浸水したりマストをすべて撃ち倒されて行き足を失った艦も出ていない。
一方でこの2隻が行った縦射により、連合艦隊の旗艦である仏ビュサントール、西サンタ・アナは一斉射で戦闘能力を大きく損失。
さらに後続艦もこの強烈な一撃を叩き込んだうえで混戦となるので、元からの練度も相まって非常に有利な状況で戦闘を進めることが可能になったのである。

なおこのように敵の戦列を突破して乱戦に持ち込む戦術は、ネルソン以前の時点で英海軍では使用されていた。
使用者はロドニー、ハウ、ダンカンといった(後に戦艦の名前になるような)名提督であり、この時期の英海軍並びにその帆走艦隊にとって、かなり利点のある戦術と見なされていたと考えられる。

結論として、帆船時代における戦術は基本舷側戦闘だが、艦首艦尾を攻撃する・されるリスクを考えた上で、艦首を向ける戦術も一部ではとられていた事になる。

ここからが本番で装甲艦が登場した時代(1860年代)である。
(編集予定)


i以下メモ書き

・水中弾防御について
→加筆して「装甲配置に関するメモ」に移動

・九一式徹甲弾について
広島旅行の記事を書くときにいろいろと調べてみたが、ネット上ではイメージが先行しすぎて何か存在が独り歩きしているような印象を受ける(兵器関連では当たり前の現象かもしれないが)。
とりあえず水中弾関連で知っていることをメモしておくと (普通に間違いも書いていると思われるのでその都度訂正を入れていく予定)
→ 日本戦艦編に移動

水中弾防御に続いて、本編中では深く扱わなかった部位を切り取っていくつか纏めてみたいと思う。

・主装甲帯より上の装甲帯・船体外板の厚さについて
特に1910年代以降の艦の多くは、主装甲帯よりの上の高い位置(上甲板)までややや薄めの装甲帯をめぐらせている。
船体上部の非重要区画やバーベット基部を守るほか、甲板の薄いユトランド以前の艦にとって、上部装甲帯は甲板防御の一部としての機能もあった。

本文で扱った艦を中心にまとめると以下の通り 

ニューヨーク級 279~229mm 165mm
金剛型 149mmVC
扶桑、伊勢型 199mmVC 149mVC  
長門型 199mmVC 19mm HT    
アイアンデューク級 229mm~203mmKC
QE、R級 152mmKC
レナウン級(レパルス) 152mmKC 38mmHT
フッド 178mm KC傾斜12度 127mm KC傾斜12度
バイエルン級 250mmKC 170mmKC
シャルンホルスト級 45mmWh
ビスマルク級 145mmKCn/A
ンテ・ディ・カブール級 150mmKC 120mmKC
プロヴァンス級 160mmKC
ガングート級 125mmKC
マリーヤ級 100mmKC

長門やシャルンホルスト、ビスマルクなどをこっちに入れるのは抵抗があったものの、集中防御艦の中に混ぜるわけにも行かないのでこちらに。

同じく集中防御採用艦の場合、主装甲帯や装甲甲板が高い位置に施され、重要区画以外はほぼ非装甲化されている。

米標準型 16mmMS
ノースカロライナ級 25mmSTS
サウスダコタ、アイオワ級 16mmSTS
アラスカ級 26mmSTS
大和型 25mmDS+22~8mmDS
ネルソン級 19~12mmDS
KGV級 25~19mmDS
リットリオ級 70mmPOV
ダンケルク級 22mm
リシュリュー級 25mm

基本的に25mm程度かそれ以下の鋼板が用いられており、機銃弾や弾片以外はまず防げないだろう。
その中でも大和型は(重ね合わせとはいえ)最大47mmと結構厚い
が、それ以上に特筆すべきはリットリオ級だろう。
70mmと言う厚さは、リットリオ級の舷側に使用されている被帽破壊用の装甲板と同じである。
つまりこの部分に命中した砲弾は被帽を失った状態で主甲板に命中する可能性がある。
もしかしてその場合は、本文で採用している最上甲板を抜いた後に主甲板へ命中するルートよりも広い安全距離を持っているのでは、と思ったが結果は芳しくなかった。
逆に考えると、このようなルートで砲弾が命中した場合は、ほぼ装甲をもたないリットリオ級以外の新戦艦は本文中の数字よりも狭い安全距離しか持たないという事である。
と言いたいが、実際は外側の部分のみ水平装甲を増厚している艦もあったり、逆にリットリオは外側のみ減厚しているので全体的な安全距離はたいして変わらないっぽい。
また、この装甲自体は巡洋艦の徹甲弾を防げないが、よほど接近されない限りは通常弾や駆逐艦の半徹甲弾などに対して有効な厚さであり、中小口径弾への船体防御として機能している。

:

・一番砲塔弾薬庫前の横隔壁(艦首バルクヘッド)について
側面を向けた状態での砲撃戦において、艦首に命中した砲弾は基本的に非重要区画で炸裂するかそのまま突き抜けてしまうので、致命的な損傷となることは少ない。
一方で敵にT字をとられている場合など、艦首を敵に向けた状態で被弾すると、砲弾が艦首を縦に貫通し一番砲塔の弾薬庫に飛び込む可能性がある。
これを防ぐために、殆どの戦艦はこの部分に装甲帯や砲塔に次ぐ厚さの垂直装甲を備えている。
先ほども言ったように側面を向けた状態でこの部分へ被弾する可能性は低く、本文中でも扱っていないが、ここでまとめてみようと思う。
正直横断面ばかり気にしていて、この部位についてはあまり調べていなかった。今回まとめた分も不完全なので今後捕捉しておきたい。

この部分の配置についてはここの2項目を参照
まず艦首に装甲帯や水平装甲をもっていたり、前方に別の横隔壁があるなど、横隔壁に命中する前に別の装甲を貫通する必要があるもの


金剛型 127mm(横方向に傾斜)
扶桑型(竣工時)152mm 
伊勢型(竣工時) 165mm
扶桑型(改装) 152mm+89mm

QE、R級 152mm(横方向に傾斜)
レナウン級 102mm
フッド 127mm
ヴァンガード 299mm

バイエルン級 ? 
シャルンホルスト級 150mm
ビスマルク級 上部220mm 下部180mm
コンテ・ディ・カブール級 130mm(横方向に傾斜)
リットリオ級 200mm

プロヴァンス級 ? 
ガングート級 100mm
マリーヤ級 100mm

そういった装甲が殆ど若しくは全く無い物

ニューヨーク級 254mm
ネヴァダ・ペンシルヴァニア級 330mm

ニューメキシコ~コロラド級 343mm
ノースカロライナ級 279mm
サウスダコタ、アイオワ級 287mm
(ミズーリ・ウィスコンシンは368mm)
アラスカ級 260mm 
伊勢型(改装後) 165mm+165mm? 別資料には165mm+26mmとも
長門型 330mm~254mm
長門型(改装) 330mm~254mm  +76mm

大和型 上部340mm傾斜 下部300mm傾斜25度
ネルソン級 305mm
KGV級299mm
ダンケルク 210mm
ストラスブール 260mm
リシュリュー級 上部355mm 下部233mm

こうして見てみると以外と薄い。傾斜もないものがほとんどで、正面から直接命中した場合は自艦の艦砲に耐えられない可能性が高い。
尤も正面に命中するには艦首を完全に敵方向に向ける必要があり、そのような機会はあまりないだろうが。

上とあまり関係ないが、第一次大戦前の戦艦の水平装甲で 「下甲板は最大で102mm 」などの表記があった場合、
102mm部分は弾薬庫や機関部ではなく艦尾の操舵装置周辺の装甲厚を指している可能性が高い(76mm表記の場合も多いがこちらは機関部・弾薬庫上もあり得るか)。

また単に「甲板装甲 ××mm」とだけ表記している時は各甲板の合計厚だったりすることも。数字だけ見ると勘違いしやすいので注意。ビスマルクより厚いじゃんと思ったりとか


・主力艦に対する補助艦(主に巡洋艦)について  2017 5/27書き直し
途中までの内容は上の「搭載砲弾について」と重複する部分多し。
おまけシリーズでは各艦の米8インチ砲に対する安全距離も扱っているのでそちらも参照

本ページで扱う戦艦の時代に存在した巡洋艦や駆逐艦といった補助艦は、砲兵装とは別に水雷兵器を搭載した艦が多数であり、特に駆逐艦はこちらがメインと言ってしまっていい。
魚雷抜きに戦艦対駆逐艦を語るなんてのも無駄な話なので(そもそも語るほどの知識もない)今回は巡洋艦について。
巡洋艦もこれはこれで帆船時代から現在に至るまで様々な艦が分類されてきた艦種だが、今回は装甲艦の時代から第二次大戦頃までに存在した艦について扱う。
具体的には主力艦に対する巡洋艦の戦闘能力、特に重装甲対中小口径砲という視点からいつも通り偏った視点で語っていきたい。
(その都合で大口径砲を搭載して主力艦との境が曖昧な、巡洋戦艦や大型巡洋艦といった艦種については主力艦側に含めるものとする)

いきなり例外的な所から始まるが、1860年代に登場した最初期の装甲艦の中には、砲門数の都合でフリゲート、その時代でいう補助艦に分類されていたものが存在する。
(戦列艦と呼ばれるには少なくとも50門以上の砲を載せる必要があるらしいが、グロワールの備砲は36門、ウォーリアは40門しかない)
つまり名義上は補助艦でありながら、既存の主力艦である木造戦列艦より強力な戦闘力を持つ艦が一時期存在した。

その後普通に装甲艦が主力艦となると、巡洋艦やスループ、コルベットといった当時の補助艦との間には大きな差が生まれることになる。
(例外として1869年竣工の英インコンスタントなど主力級の大型非装甲艦も存在する。同艦は排水量や兵装で、以前に整備されていたブルワーク級戦列艦を改装した装甲艦にも劣らず、速力では2ノット優位であった。
ただし直接戦闘を行えば装甲の有無から不利は免れないことは、後続艦のシャーとペルー海軍のワスカルが戦闘を行った例からも推測される)
70年代に入ると、巡洋艦の中にも装甲を持つものが建造されていたが、これも排水量の差もあって主力の装甲艦と比べると劣るというか、直接の戦闘能力では二線級の艦に過ぎないものであった。
たとえば1877年に竣工する英海軍の装甲(帯)巡洋艦シャノンは排水量5390tで、最大速力12ノット台。武装は前装式の10インチ砲2門に9インチ砲7門を上甲板上に配置。
装甲は水線付近のみに最大9インチ厚の錬鉄装甲を持ち、艦首は非装甲。他には10インチ砲周辺にも同厚の装甲が施されるが、9インチ砲はいずれも非装甲である。
一方で同年に竣工する装甲艦アレキサンドラは排水量9492t、最大速力15ノット。武装はこちらも前装式の11インチ砲2門、10インチ砲10門など。
装甲は水線付近に艦首から艦尾まで最大12インチ厚の錬鉄装甲を持ち、砲兵装もすべて同厚のケースメイト内に収められるなど、全体的に勝っている。
巡洋艦側の次級ネルソン級は、速力が14ノットになり、装甲に守られた10インチ砲が2門追加されるなど強化されたが、これでも差は大きい。
基本的には70年頃に同程度の排水量の艦として完成した、小型の装甲艦であるオーディシャス級となら比較できる性能(同級に対しても砲の防御で劣るが)といえる。

そもそも同じ技術を用いれば排水量が大きいほど強力な艦になりやすいのは当たり前だが、80年代には一連の技術革新により、小型艦と大型艦の差がかなり縮まった時期が存在する。
その一つが火砲の進歩で、6インチ以下の中小口径砲で後装式の速射砲が誕生したことである。
たとえば1892年に竣工する日本の三景艦は、主砲とは別に120mm砲を中甲板上に12ないし11門搭載。
この砲はカタログ値では分間12発とも言われているが、実際は6発ほど。片舷には5門若しくは6門が指向できるので、一分間の投射重量は約720kgか600kgになる。
これに対して当時の装甲艦も着実に進歩しているとはいえ、未だに主砲の発射速度は遅く、定遠の12インチ砲はカタログ上でも一発撃つのに3分ほどかかる。
同級は四門全門を使用するとしても、 主砲のみの一分間の投射重量は約440kgでしかない。
より新しい装甲艦、たとえば英アドミラル級のうち13.5インチ砲を4門搭載した艦も発射速度は3分に1発で、主砲のみの投射重量は約800kgと大きな差はない。
このように単純な投射重量で判断すれば、多数の速射砲は少数の大口径砲に匹敵する部分を持っていた。
もちろん上の「搭載砲弾について」やその他戦艦編で既に触れたとおり、実戦での戦闘力が装甲艦を上回ることはなかったのだが、これは後に触れておきたい。

もう一つの進歩は機関であり、排水量を抑えつつ16ノット程度の装甲艦を2~3ノット程度上回る速力を得ることが可能になった。(上で上げた松島は16ノット程度)
最後に防御面の特徴としては、垂直装甲を諦めた代わりに、水線付近に亀甲甲板を設けて重要区画を守る方式(メモを参照)を採用、防護巡洋艦の名前で巡洋艦のスタンダードとなっていく。

こいった速射砲を搭載した補助艦の登場は、理論上は当時の装甲艦にとって恐ろしい脅威であった。
まず十分な装甲を設けることのできない上構や周辺の人員に被害が出て、船体が無事でも戦闘能力の発揮が難しくなると思われたのが一つ。
もう一つは当時の装甲艦の防御上の問題であり、90年までに竣工した艦の多くは以下のいずれかのような問題を抱えていた。
・装甲範囲は広いが乾舷自体が低く、損傷時の復原性に問題
・装甲範囲は高いが長さが限られ、艦首艦尾が非装甲で損傷しやすい
・装甲範囲は長く艦首艦尾を覆うが高さが足りず、水線上は殆ど非装甲で損傷しやすい
こういった艦が多数の中小口径砲を被弾すれば、戦闘能力だけでなく艦自体の航行能力を失って、沈没する危険もあるとする意見も存在した。

それが実戦でテストされたのが日清戦争の黄海海戦だが、上でまとめたようにこの海戦は速射砲の効果と同時に重装甲艦に対する限界を示す結果となった。
定遠級の装甲配置は上で挙げた3つのうち二番目にあたり、艦首艦尾が非装甲だが、定遠は200発ともされる被弾の中で戦闘 ・航行能力を失わなかった。
一方で巡洋艦側の速射砲は砲を守る装甲がなく、さらに被弾時には連鎖誘爆を起こしやすいという大きな弱点を露呈。
このせいで旗艦松島は実質鎮遠の砲弾一発(330kg)のみで大破して戦闘能力を失っている。
定遠に命中した砲弾の総重量は不明だが、仮に120mmや6インチ砲が僅かだとしても、松島に命中した砲弾よりはるかに量が多いことは確実だろう。
単なる投射重量だけでなく、このページで延々と扱っている砲弾と装甲の関係、そして被弾時の被害極限の為の努力が実戦では重要であることを証明する一例といえる。

また80年代後半以降に竣工した装甲艦や初期の戦艦は、防御面ではあまり進歩はないが、定遠級などよりも多数の速射砲を持っている艦が多い。
同海戦では速射砲の雨は防護巡洋艦相手なら十分有効と判明しているので、速射砲のみの打ち合いでも巡洋艦は不利になるだろう。

一方で90年代になると、装甲材質や機関技術の進歩により再び垂直装甲を設けた巡洋艦、装甲巡洋艦の第二陣というべきものが登場する。
最初にこれを導入したのはフランス海軍で、通商破壊中に敵の巡洋艦との戦闘で優位に立つことを目的とした艦である。
他国もこの装甲巡洋艦に対抗するために同系統の艦を建造、次第に武装や装甲が強化され、準主力ともいえるレベルの艦も登場した。
艦の特徴しては大体4インチから7インチ程度の垂直装甲を持ち、装甲材質は時代によるが後期の艦ではクルップ鋼が導入されている。
こういった装甲は敵の速射砲からの被害を殆ど防いでくれるので、他の巡洋艦との戦闘で大きく優位である。
他には攻撃面では12cmや6インチ砲とは別に、10~7.5インチ砲など実用レベルの大口径砲を搭載していることが多い。
そして一部の速射砲を除いて、主な兵装は装甲防御を持つ艦が多いのも防護巡洋艦時代からの改善点である。

この装甲巡洋艦が最も活躍したのは日本海海戦だろう。
日本海軍の8隻の装甲巡洋艦は、三笠以下の戦艦と共に複数のロシア戦艦の撃沈に貢献しており、損失艦もいない。
(浅間のみ被弾数の割にやや大きな損傷を受けた)
このような活躍ができたのは、まず戦艦との共同作戦であったことが一つ。
さらに上でまとめたように、当時は大口径砲といえども性能には限界があり、6~7インチ程度の装甲でも戦艦主砲に対してある程度の防御力を発揮できたこと。
最後に相手側の艦艇は防御的にはかなり進歩した艦も存在したが、いずれも過積載で喫水を増しており、上で挙げた防御上の問題を抱える状態だった事が考えられる。

しかしその全盛期は短く、日露戦争後には被帽徹甲弾が普及して、さすがに戦艦主砲へは防御力不足に。
これに加えて、その戦艦主砲を多数搭載する装甲巡洋艦、つまり巡洋戦艦が登場したことで戦場での立ち位置を大きく失うことになる。
第一次大戦のフォークランド沖海戦やドッガーバンク海戦、ユトランド海戦などはいずれでも遠距離戦闘であり、中小口径砲を搭載した装甲巡洋艦の活躍する機会はなかった。

装甲巡洋艦の整備が盛んに行われた頃、補助艦の任務の一つである偵察や通商路の防御、水雷戦隊の指揮などは、この時期でも中・小型の防護巡洋艦や非装甲の巡洋艦の役割だった。
それが第一次大戦時には、HT鋼や均質装甲からなる薄い垂直装甲を有する中・小型巡洋艦が登場。軽巡洋艦として知られるそれらの艦が防護巡洋艦に取って代わった。
この時点の軽巡洋艦は主力艦同士の戦いにおいて大きな役割を持つとまではいかない存在だが、海軍休日の時代には戦艦や巡洋戦艦など主力艦の制限もあり、補助戦力として多数が整備されることになる。
戦間期の巡洋艦の変化として大きいのは、軽巡洋艦同士の戦いで優位を得るために、より大型の船体に6インチを超える砲を搭載した艦、のちにロンドン条約にて重巡洋艦に分類されるが登場したことだろう。
これを狩るため、新世代の巡洋戦艦ともいうべき大型巡洋艦も少数建造されたが、基本的に第二次大戦の巡洋艦といえば、両条約内で規定された規模の重・軽巡洋艦が多数を占める。

そして第二次大戦では知られているように、主力艦は戦いの主役とは言えない存在になり、その活動は限られた。
それでも主力艦と巡洋艦が共同で水上戦闘を行ったり、両者が戦う機会も存在した。
上の「戦艦の交戦距離について」で取り上げた海戦も、巡洋艦が絡まずに戦艦のみで行われたのは、シャルンホルスト級とレナウンが戦った一例のみだったりする。
(カラブリア沖海戦も戦艦はほとんど戦艦同士で戦っていたが)
なお黄海海戦のように、戦艦を中心とする艦隊と巡洋艦を中心とする艦隊が昼間に決戦を行うということはなかった。
そういった戦艦と巡洋艦の直接対決は、どちらかというと夜間にかなり近距離で行われた戦闘が多いのが特徴といえる。

ここからはいつも通り第二次大戦期の巡洋艦と戦艦について、装甲と艦砲を中心に扱うとして。まずは夜戦について。
当時の夜戦は一部の例外を除いて10km以内の近距離で行われるのが普通であり、このような距離では当然垂直装甲に対する貫通力が増し、水平装甲へは逆に大きく下がる。
つまり巡洋艦側でも貫通力の高い8インチ砲なら、比較的装甲の薄い旧式巡洋戦艦や大型巡洋艦に分類される艦の主要な装甲に対して有効打を与える可能性が存在する。
一方で通常の戦艦が持つであろう12インチ程度の装甲に対しては、接射した場合ならともかく、実戦ではまず無理だろう。
もし貫通する機会があったとしても、砲弾が破砕されて艦内部に十分な損傷が与えられないことも考えられる。
そして水平装甲に対しては、この部分を強化していない旧式戦艦にも通用しないだろう。
なお一部巡洋艦の砲弾は純粋な徹甲弾ではなく、炸薬が多めの被帽通常弾に過ぎない物の場合がある。
そう言った砲弾は6インチ砲や5.5インチ砲といったより少口径の砲に多いが、得てして一定の厚さの表面硬化装甲を抜くには強度に欠けている。

次に主力艦側はというと、この距離の戦艦主砲は大和型の装甲すら抜いてしまう事も予想される。
厚くとも6インチ程度の巡洋艦の垂直装甲は、ろくに徹甲弾の更新をしていない旧式艦だろうと11インチ砲以上の艦砲には相手にならない。
水平装甲にしても1.5インチ程度の物ならこの距離でも抜かれる可能性があり、こちらも油断ならない。
第三次ソロモン沖海戦ではサンフランシスコのバーベットに霧島の14インチ砲弾が直撃するも、榴弾だったので大きな被害を受けなかったという例はあるが、基本徹甲弾を防げるものではない。
徹甲弾に対しては、非装甲部分に命中して突き抜けてくれることを期待したほうがいいだろう。

ただ一部巡洋艦の配置によっては面白い相性のものも存在する。
上の「巡洋艦の装甲配置について」でも触れたように、多くの巡洋艦で弾薬庫付近の装甲区画の位置は低く、水線付近かそれよりも下にあることが多い。
つまりそういった艦の弾薬庫に対しては、被弾面積的にバーベットや通風口への直撃を除けば、かならず水平装甲を貫通する必要がある。
(水中弾もあるが近距離では発生しづらいだろう)
しかし水平装甲への貫通力は大きく下がる中で、2インチから3.5インチといった結構厚めの弾薬庫水平装甲を持つ艦に対に対しては、理論上戦艦主砲といえども抜くのは簡単とはいなくなるのだ。

・・・といってもこれは艦が動揺しないことを前提としたものある。
実際の戦闘では「ハワイ・マレー沖海戦」のラストに映っていた高雄型程とは行かずとも多少は揺れるもので、ローリングによって水平装甲への撃角が深くなったり、ピッチングで垂直装甲が水線上に露出した場合、より弾薬庫に達しやすくなるだろう。

ここまで語ってきたが、実戦でこの距離となると魚雷が大きく関係してくるので、こう簡単に結論をつけられる話ではない。
また艦砲のみを考えるにしても、黄海海戦で一度否定された事かもしれないが、装甲を抜かなくとも多数の命中弾で被害を与えて戦闘を有利にすることは可能である。
この時期の艦艇は射撃指揮関連の装備や夜戦において重要なレーダーなど、艦の能力に大きく関わってくる物が装甲区画外に多数設置されている。
そういった環境では、第三次ソロモン沖海戦のサウスダコタの例が示す通り、戦艦といえども巡洋艦から多数の被弾があると都合が悪くなりやすい事は認めざるを得ないだろう。

最後に昼戦についてはあまり言う事はない。10km台後半の戦闘だと攻防力だけでなく射撃精度にも劣ることが予想され、普通に勝ち目は少ないだろう。
ただし水平装甲を強化していない戦艦相手なら、巡洋艦の主砲でも運よく弾薬庫に達する損傷を与えられる可能性もなくはない。
(1924年に英海軍がオライオン級モナークへ射撃試験を行った所、6インチ砲の弾片が弾薬庫内に突入した例が確認されている)

・実戦における装甲艦対非装甲艦 2017 12/29
上の文章では装甲艦が主力を占めることで「(非装甲の)補助艦との間には大きな差が生まれる」としたが、それが実戦ではどこまで影響するのか、装甲艦の時代にこの二つが直接対決した例をまとめてみたい。
なおこれも上と同じく、この時期には非装甲艦といっても、すでに水雷兵器を主兵装とした艦も登場している。
そういった兵器は露土戦争に南米の戦争や内戦、日清戦争と着実に戦果を増していくが、今回紹介するのは火砲による砲撃戦を主とする従来型の艦との戦いのみとする。

・まずは南北戦争、1862年のハンプトンローズ海戦より3月8日の第一戦
記念すべき装甲艦対非装甲艦初の戦いであるこの海戦は、優勢な海軍力を持つ北軍の海上封鎖を解こうと、南軍の装甲艦ヴァージニアが殴り込みをかける形で行われた
これを迎え撃ったのは主に北軍のカンバーランド(スループ)とコングレス(フリゲート)の二隻。
ヴァージニアは9もしくは8インチ滑腔砲を搭載する二隻の集中攻撃を受けて若干損傷するも、これをものともせずにカンバーランドに衝角攻撃を行い撃沈。(その際に後付けの衝角は脱落)
次にコングレスに砲火を浴びせて、一時間ほどの戦闘で大破した同艦は降伏、赤熱弾により大炎上する。
そして戦闘に参加しようとした北軍のミネソタ(フリゲート、ヴァージニアの元になったメリマックの同型艦でもある)も座礁、という所で日没を迎えて第一戦は終了。その夜にコングレスが爆沈する。

初の装甲艦対非装甲艦は、蹂躙としか言いようがない一方的な結果である。
実は双方の火力面を比べると、ヴァージニアのみ少数ライフル砲を備えるという点はあるが、合計門数並びに投射重量などでは北軍の2隻が上回っていた。
それを打ち消す戦闘結果から、装甲の効果とそれを持つ艦の優位性を十二分に証明する戦いだったと言えるだろう。
翌日にはミネソタにとどめを刺そうとするヴァージニアの前にモニターが登場し、史上初の装甲艦同士の戦いを繰り広げる事になる。

・1864年アルベマール湾の戦闘
この海戦もハンプトンローズと似たような形で、南軍の小型装甲艦アルベマールが北軍の非装甲艦(外輪式砲艦のサウスフィールドとマイアミの二隻)に殴り込みをかける形になる。
ここでも装甲艦は砲撃をものともせず衝角攻撃でサウスフィールドを撃沈。残るマイアミは至近距離より装甲艦に攻撃するが、装甲で反跳した弾に当たって艦長が戦死した。
後日北軍側にはミネソタに加え、ササカスなど新たに外輪砲艦が3隻加わり再び戦闘が行われる。
その際にもやはり艦砲の効果はあまりなく(煙突を破壊して速力を落とすことはできたが)、ササカスが衝角攻撃に成功するが、これすらも致命傷を与えられずに反撃を受けて損傷している。
この二度の戦いではハンプトンローズの初戦のように非装甲艦側が壊滅したわけではないが、こちらも装甲艦に対処する事の難しさを証明する結果と言える。
(なお二度目の戦いでは南軍にも非装甲の砲艦が一隻存在したが、こちらは攻撃を受けてあえなく降伏)
その後のアルベマールに対しては、北軍のカッシング中佐が外装水雷による夜襲を敢行して見事撃沈に成功している。(この功績によりカッシングの名は後の米駆逐艦によく付けられることに)

・ここで扱うべきか微妙だが、装甲艦対非装甲艦としては1862年の第一次メンフィスの戦いも含まれる。
ミシシッピ川で行われた砲艦同士の艦隊戦だが、なぜ微妙かというと、南軍の戦力が従来型の砲艦とも装甲艦とも違う珍妙なものだったからである。
具体的には火砲を少数若しくはほとんど搭載せずに、攻撃は火砲ではなく基本衝角に頼っている。
これだけなら装甲艦にも存在する特徴だが、これらの艦の船体は鉄の装甲の代わりに、南部特産の綿を詰めて防御を試みている。アイアンクラッドならぬコットンクラッドと呼ばれる船である。
なおコットンクラッドは北軍砲艦の砲弾を防ぐほどの防御力はなかったようで、実質非装甲艦と変わらないようだ。
海戦の方は案の定、装甲砲艦を含む北軍が南軍のコットンクラッド群を壊滅させて終結した。

この他にも衝角を主兵装とする装甲艦マナサスとペリー艦隊の一員だったフリゲートのミシシッピが戦った例もあるが、マナサスは装甲艦と言えるか怪しいので割愛。
またフランス製装甲艦ストーンウォール(後の甲鉄)回航を阻止するため、北軍はナイアガラとサクラメントの二隻を欧州に派遣していたが、直接の戦闘には至らず。
あとは1865年、南軍コットンクラッドのウェッブが装甲艦クイーンオブザウェストと共同で、北軍の小型装甲艦インディノーラを降伏させた例もあるようだ。

・リッサ海戦(1866年)
同海戦は装甲艦同士で行われた初の艦隊戦として知られているが、オーストリア側は戦列艦一隻にフリゲート、コルベット各3隻、その他小型艦7隻の計14隻の非装甲艦が参加していた。
このうち装甲艦に衝角攻撃を試みた戦列艦カイザーが失われる危機があったとはいえ、全艦が海戦を戦い抜いている。
原因としてはイタリア側が自軍のミスやテゲトフの戦術により戦列を分断されて、オーストリア艦艇に対して集中攻撃が出来なかったのと、こちらの衝角攻撃が成功しなかった点が考えられる。
(同海戦はもう少し調べてから加筆もしくはその他戦艦編にでも書いてみたい)

・1968年から翌69年の箱館戦争では、新政府軍に編入された甲鉄に関連する海戦が二度起こっている。 
まずは同艦奪取のために榎本軍の外輪式コルベット回天が宮古湾に乗り込んで戦闘になったのが一例。
新政府軍に気づかれることなく湾内に侵入した同艦は、至近距離より甲鉄に56ポンドライフル砲を発射し奇襲に成功。
そのまま甲鉄に反撃の機会を与えずになんとか接舷するも、切り込み隊が撃退されて撤退。回天・甲鉄の双方とも船体に大きな損傷はなし。
(この海戦で回天は弾頭部に鋼を用いた特注弾を用意していたが、甲鉄の装甲を貫くことはできなかった。ただし接舷後には乾舷の差を生かして、非装甲の甲板へ打ち下ろす形で損傷を与えたという)

5月には追い詰められた榎本軍と新政府軍の艦艇が箱館湾で再び戦闘。榎本軍は回天に加えイギリス製の幡竜があり、新政府軍は甲鉄の他に春日、朝陽など複数の非装甲艦も参加した。
この一連の戦いでは回天が12から300ポンド砲弾を合計で80発以上も受けて、その内の一発で機関部を損傷した為擱座。
幡竜も多数を被弾するが致命傷とはならず、最終的には砲弾を撃ち尽くして放棄されている。
この2隻の例はどちらも廃艦となったとはいえ、非装甲艦でも砲撃のみでそう簡単に沈むわけではない事を示す例と言えるだろう。(ただし朝陽が幡竜の放った砲弾一発で爆沈するという正反対の現象も)
よく言われる外輪は被弾に弱いという点も、この時は特に問題にはならなかったようだ。

・パコチャの海戦(1877年)
反乱者に乗っ取られたペルー海軍のワスカルと鎮圧に乗り出した英海軍のシャー・アメジストが戦闘を行った。
ワスカルはモニター風の低乾舷の砲塔艦で排水量1800t、兵装は10インチ(300ポンド)砲2門と40ポンド砲1門。装甲は錬鉄で舷側に最大4.5インチ、砲塔5.5インチ厚。
シャーは排水量6000t台の大型フリゲートで、前に触れたインコンスタントの後続。9インチ(250ポンド)砲2門、7インチ(115ポンド)砲16門、64ポンド砲4門を搭載。   
アメジストは2000トンのコルベットで、主兵装は64ポンド砲を14門搭載。 

この戦いでは射撃精度の差を生かし、英艦側がほぼ一方的にワスカルをたたく形に終始した。
ただし英艦隊は60発以上の命中弾を与えながらも、同艦を制圧若しくは戦闘不能にすることはできていない。
(なおこの戦いでシャーは近年開発された自走水雷、つまり魚雷を発射するも命中せず。これが実戦で魚雷が使用された最初の例である)
まずアメジストは通常榴弾のみを使用していたので、これは船体の大部分を装甲で覆ったワスカルにまず効果はない。
そしてシャーの使用砲弾には徹甲弾の一種であるパリサー弾が含まれていたが、結果的に3.5インチ部分の装甲を抜いた程度に留まった。
同砲弾は錬鉄装甲なら口径と同じ程度の厚さが抜けるという触れ込みだが、やはり実戦ではそこまでうまく行かないようだ。
(ただし先述したように、同じ9インチパリサー弾は年後のアンガモスの海戦で同艦の装甲により大きな効果を示している)
この戦いで勝敗はつかなかったとはいえ、非装甲艦側は6000トンと2000トンの艦で挑みながら、2000トンに満たない艦に苦戦したという評価は避けられない。
それどころか、もしワスカルの砲撃がより正確であったら敗北していた可能性すらある訳で、これも非装甲艦の無力さを強調する結果といえるだろう。

・露土戦争(1877~78年)
この戦争ではオスマン帝国が結構な数の装甲艦を揃えていたのに対して、円形砲艦が唯一の装甲艦であったロシア黒海艦隊は実質非装甲艦のみで戦う必要があった。
といっても正面から戦いを挑んで上の戦闘例の様になる愚は犯さずに、若き日のマカロフ提督も指揮していた水雷艇部隊を中心に戦闘を行っている。
なのでここで扱う範囲に当たるのは、自分の知る限りは2例のみ。
臼砲を搭載したロシアの砲艦が装甲艦に損傷を与えた例が一つと、武装商船ヴェスタが装甲艦と遭遇するも決定打に欠いた戦闘になったのがもう一つの例となる。

・太平洋戦争のイキケの戦い(1879年)
この海戦ではペルー海軍の情報をつかんだチリ海軍が主力を攻撃に向かわせた所、行き違いになる形でペルー艦隊が出現し、残されたチリの旧式艦を襲撃した。
ペルー側の戦力は先述したワスカルとより大型のインディペンデンシア(3,500t)。チリはエスメラルダとコヴァドンガという1000トンに満たない砲艦で、両艦とも機関に問題を抱えていた。
ワスカルとエスメラルダは最初には砲撃戦を行うも、前者の主砲は当たらず、後者の40ポンド砲は装甲に歯が立たないと言う風に決め手を欠いた。
その後ワスカルが衝角攻撃を敢行、至近距離からの砲撃も加えてエスメラルダを大破させる。
同艦はこれでも沈まずに、逆にワスカルの乗り込みを仕掛けようとするなど戦意は旺盛だったが、3度に渡る衝角攻撃を受けて撃沈される。
一方でインディペンデンシアは逃走するコヴァドンガを追撃する最中に座礁。あえなく失われている。

1884~85の清仏戦争では、極東に配置されたフランスのラ・ガリソニエール級装甲艦が参加。
その内のトリオンファンテは最大の戦いとなった馬江海戦に参加。同艦を含むフランス艦隊は、西洋式のスループやコルベットを主力とする清国側を壊滅させた。
また当時はドイツにて定遠級の2隻が建造されていたが、フランスの圧力などもあって回航されず、戦争には間に合わなかった。

・日清戦争の黄海海戦(1894年)
90年代はこれまでの装甲艦に代わり、英国でロイヤルサブリン級が次々と竣工する近代戦艦の時代に入っただけでなく、巡洋艦はすでに一定の防御力を有する防護巡洋艦が中心となっていた時代である。
日清両海軍もこの装甲艦以外の戦力は防護巡洋艦が中心で、完全な非装甲艦は少数だった。
ただ督戦のために時の軍令部長を乗せていた武装商船西京丸が戦闘に巻き込まれて、主力装甲艦である定遠級を含む艦の攻撃を受けている。
この際に同級が放った12インチ(330kg)の巨弾は4発が命中。このうち炸裂弾でなかったものは大きな損傷を与えなかったが、炸裂した一発は西京丸を操舵不能にして、一気に危機的状況に追い込んだ。
もちろん単体で戦っていたら西京丸の運命は明らかだったが、その後は第一遊撃隊の介入もあり難を逃れている。

最後に今回集めた分だと、この時代は列強同士の戦争があまり無かった事もあり、意外と例自体は少ないようだ。 
これまでの海戦の主役であった戦列艦で装甲艦と砲火を交えたのは、リッサ海戦におけるカイザーただ一隻だけとなる。(肝心のその海戦はちゃんと書けていないので、後日加筆予定)
そもそもハンプトンローズやパコチャのように非装甲艦の不利は明らかで、露土戦争のように正面から戦う道以外を見つければそれに越したことはないのだろう。
ただし非装甲艦側が一方的に撃沈される例ばかりでは無い事と、されるとしても艦砲より衝角攻撃が直接の原因になる事が多いのは特筆すべき点だろう。
当時の衝角攻撃は装甲艦すら沈めうる攻撃力から重宝されているが、自艦もなにかしら損傷する点、すでに損傷している艦以外には成功しづらい点、味方との衝突事故が重大化しやすい点など欠点もあった。
最終的に魚雷や艦砲が発達した戦艦の時代では廃れている。

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2017 6/17 米ミサイル駆逐艦の事故のニュースをみて

やっぱりサイズは正義という事で。

軍艦同士の衝突だと有名なのは、1893年に発生した装甲艦ヴィクトリアとキャンパーダウンの事故だろう。
両艦は無理のある艦隊行動により回頭中に衝突。キャンパータウンの衝角がヴィクトリアの艦首に突き刺さって幅3m程度の破孔を開けている。
そこからの浸水に加え諸々の問題もあり、ヴィクトリアは急速に傾斜して、僅か13分で転覆してしまった。

英国戦艦編でも触れた通り、英国の装甲艦はインフレキシブルより艦首の垂直装甲を廃して、水線付近に水平装甲のみを設けている。


上の図はより新しいマジェスティック級みたいな奴で、両艦よりも大分乾舷が高いが、艦首の装甲配置はほぼ同様である。
この配置は非装甲部分への被害が艦の喪失に繋がり兼ねないとして、以前より一部で批判されていたが、今回の喪失理由と装甲の有無はあまり関係ない。
この事故で衝角は水線下の深い位置に突き刺さっており、そこは以前の配置でも非装甲であった。
そもそも衝突時の圧力は後の時代の12インチ砲を接射した場合に近いものと推定され、装甲があっても押し込まれて浸水していただろう。

それでも一線級の艦が重要区画以外への被害で簡単に沈んでしまったのは事実だが、主な原因は二つ挙げられている。
まず最初に衝突時は平時だったため多数の水密扉が開いており、一部の閉鎖作業が行えずにそこから浸水が広がってしまった。
仮に実戦環境であればこれらは事前に閉まっており、被害は大きくならなかったと推定されている。
もう一つの原因が本級の乾舷の低さで、上記の不手際による浸水拡大により、艦前部の上甲板が簡単に水没してしまった。
これが復原力の喪失を招き、さらに主砲塔や後部舷側副砲の開口部からの浸水も発生して急速に転覆したという流れになる。

なお衝突した側のキャンパーダウンもヴィクトリアの水平装甲で艦首が切り裂かれて浸水。こちらも水密扉が開いており、かなり危険な状態だったという。

この事故の教訓により訓練時の水密扉の扱いやそもそもの配置が見直されることになった。
また低乾舷艦の問題も明らかになったが、当時最新鋭艦として配備され始めたロイヤルサブリン級は高い乾舷を持っており、事故後の同海軍にとってはかなり頼もしい存在だっただろう。

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2017 7/17
以前wikipedia記事にあった50口径46cm砲のデータを怪しくないかと言っていたけど、これ松本喜太郎の「戦艦大和 設計と建造」にも載ってるのね…(筆者は特に触れていなかったが)
という事で再考

幸いこちらには貫通力に加え撃速撃角の記載が有るので、FMを割り出すと以下のようになった。
45口径砲
距離20km 撃速522m/s 落角16.5度
対垂直566mm (fm1.27) 対水平168mm (fm2.89)
距離30km 撃速 475m/s 落角31.4度
対垂直 416mm (fm1.4) 対水平 231mm (fm2.1)
50口径砲
距離20km 撃速551m/s 落角14度
対垂直605mm (fm1.25) 対水平208mm (fm2.63)
距離30km 撃速 491m/s 落角28度
対垂直 465mm (fm1.33) 対水平 249mm (fm2.06)

45口径砲のFMの時点で別資料と一致しないというのは前回と同じだが、基準としては利用できる。
これを比較すると対垂直貫通力はそれなりにまともな数字だが、対水平はやはり違和感がある。
50口径の方が落角が小さい(=水平装甲への撃角が浅い)にも関わらず、FMもこちらの方が小さい数字で済んでいる。
特に20kmでの貫通力は撃角からしても信じがたく、誤植か均質装甲以外への結果なのかと疑うしかない。

というかこの数字が本当なら、威力的には50口径砲を採用しない理由がない、

なお45口径砲にしても対水平貫通力はこのページで使用しているデータよりもかなり高い数字だが、これについても怪しい面はある。
戦後の調査によると、46cm砲弾の領収試験では、撃角55度で200mmのnvncに対する試験が行われていた。
つまり上の距離30kmでの貫通力に比べて、3度以上深い撃角で1インチほど薄い装甲に対する効果が基準となっていたようだ。
さらに撃角70度(=落角20度)の試験も行われていたが、こちらも125mmの装甲に対する物と、上の落角16.5度168mm貫通と比べると差は大きい。
(ちなみに対垂直装甲の方は撃速は異なるが撃角16.5度で560mmのVH鋼に対して行われ、上の数字と一致する)

これは単に評価基準が激甘だっただけの可能性も無くはないが、後に改大和型で一部装甲が削減された事からも、上の数字が多かれ少なかれ過剰である可能性は高いと思われる。

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・日露戦争で旅順港にて着底したロシア戦艦の損傷について   2017 9月
引き揚げられなかったセヴァストポリ以外の4隻の戦艦について書いておくと、
まずペレスヴェートは最も大落角の榴弾砲らしい被害を受けた艦で、9発が下甲板を破り、機械室、缶室、魚雷発射管、副砲弾薬庫などに砲弾が達している。
ただし副砲弾薬庫や魚雷発射管は誘爆せず、その他砲弾も水線下の舷側や艦底に破孔を開けていない(艦首への一発を除く)ので、このままでは沈没に至る程の被害ではなかった。
一方で艦内部の各所ではキングストン弁が開かれているのが確認され、着底の主要因はロシア側の自沈作業によるものとされている。
(同時に前後主砲塔が爆破されて変型した他、さらに周囲に魚雷の弾頭が3つ投棄されており、使用されなかったがこれも爆破用)

続いてポルタワはペレスヴェートと比べると被弾数は少なく、下甲板を破ったのは2発のみ。
この2発は両方右舷後部の外殻に命中して艦内部に侵入、中・下甲板を貫通という流れである。
一発は発電機室に入るも損害軽微に終わったが、もう一発は見事に後部12ポンド速射砲の弾庫内部で炸裂した。
これは即座に艦を爆沈させたわけでは無いが、着底の一因となったとされる。
最大の被害は右舷中央部の水線下外殻に空いた6×3mの大破孔で、その奥の縦隔壁も破壊されている。
破孔の形状や爆発位置などから、これは至近弾などではなく、ペレスヴェートで行われなかった爆破処分によるもの。
また後部砲塔も爆発して天蓋が吹き飛んでいるが、これも同じく。
なおキングストン弁は砲弾が侵入した後部弾薬庫以外は開かれていない。
さらに海底の泥の形から、本艦は船体後部が着底した後に旋回を試みた跡が確認されている。
これらの点からまず後部弾薬庫への命中弾とその浸水により船体後部が水没。
その後艦を守る為の活動は続けられるも最終的に放棄される事になり、爆破されて完全に着底した流れだとされる。

三隻目のポベーダは同型艦ペレスヴェートとは対照的に、一発も下甲板を抜かれていない。
(もちろん複数発が甲板に命中していたが、すべて中~下甲板で止まる)
本艦も同じように左舷水線下の中央部と後部が爆破され大穴が空いている。
一方で本艦は右舷側に大きく傾斜して着底しているが、こちらの水線下には2発の水中弾が命中しているのが前に紹介した二隻との大きな違いである。
両者とも不発弾で、一発は炭庫内で止まるが、もう一発は缶室横の炭庫を斜めに進んで缶室と機械室を分ける横隔壁を貫通。
また右舷水線下にはもう一発貫通弾以外で外殻が裂けた痕があり、これらの水中弾による浸水が着底に与えた影響が大きいと推測されている。

最後はレトヴィザン。まず下甲板を破った砲弾は同艦では一発のみで、後部砲塔横の糧食庫や機械室の後部横隔壁を破壊するも損害は軽微。
本艦は4隻の中でも水線下の被害が最も大きく、大小6つもの破孔が左舷に開いている。
船体中央と前部砲塔横の2つは破孔のサイズから他艦と同じく爆破によるもの、もう2つも閉塞船など障害物と接触した際に出来たとされる。
残りの2つが水中弾で、爆破により破孔が消えた一発を加えた計3発が命中している。
まず後檣横への一発は炭庫で炸裂して弾片を副砲弾薬庫内に送り込むも、内部は空で誘爆せず。
もう一発は缶室横の炭庫内で不発となって止まる。(破孔はその後の爆破で消えて砲弾のみ発見される)
3発目は同じく缶室横に命中するも、炭庫を突破して缶室内で炸裂した。
元から接触時の破孔などがあった状態で、この3発による浸水被害が着底に繋がったと推測されている。
なお本艦は一部弾薬燃料の陸揚げで喫水が浅くなっていた点も指摘される。
(つまり装甲帯の下端も浅くなって、水中弾が非装甲部分に命中する可能性が増していた。また石炭庫の防御効果も減少し、被害拡大に繋がったと思われる。陸揚げのお陰で誘爆しなかったのもあるが)
この他には主砲塔の装甲が押し込まれているのが確認されたが、これは応急修理の痕跡から黄海海戦の損傷とされる。

これまでの内容は「極秘 明治37.8年海戦史 第10部 附記 巻2」
JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05110195900 防衛省防衛研究所 海軍一般史料9その他千代田 明治37.8年海戦史(防衛省防衛研究所) を参照した。
着底理由などはロシア側の記録を当たればまた違う記述もあると思われるが、戦後の調査ということで受けた損害自体は正確なものだろう。
追記 ロシア側の記録でもやっぱりペレスヴェート以外は撃沈扱いのようで、爆破は着底後に行われたとのこと。

・28cm榴弾砲に関する雑感
この砲が使用した砲弾は当時の艦砲では旧式化した堅鉄弾だが、水平装甲に対する効果は明らかにこちらの方が高い。
各艦の水平装甲への命中弾(最上甲板もしくは舷側の非装甲部分を貫通後に艦内部の水平装甲へ命中した例)とその中で下甲板を破った数をまとめると以下のように。
ペレスヴェート 21発中9発
ポルタワ 3発中2発
ポベーダ 12発中0発
レトヴィザン 7発中1発
計 43発中12発
こうして見ると艦によって差は激しいが、日露戦争は勿論ユトランド海戦でも船体の下甲板を抜いて炸裂した砲弾が無かった事と比べると対照的と言える。
(後者では爆沈艦は確認の仕様が無い為、可能性は無いわけではない)

この理由としては、ユトランドは大落角といっても20~30度程度だったのに対して、今回は50度越えの落角で、甲板へ命中する確立、奥の下甲板へ達する確立が大分違ったと思われる。
そして重要なのが炸裂のタイミングで、ユトランドの戦艦砲弾は薄いとは言え二層式の水平装甲により下甲板を抜く前に炸裂、自爆して貫通に失敗した例ばかりある。
(その為一層式の砲塔天蓋への被害の方が大きかった。またタイガーやバーラム、ウォースパイトといった艦では炸裂時の弾片が下甲板を抜いた例はある)
それに対してこちらは中甲板までに炸裂してしまった砲弾もいくつかあるが、艦の奥に突入した砲弾は明らかに多い。
これは信管や炸薬の安定性が戦艦砲弾より優れていた(鈍感だった)という事になるが、具体的な違いは不明。
ただこの砲弾は黒色火薬を使用しているので、少なくともピクリン酸使用の英国製砲弾より上なのは確実。
またこの砲は陸戦で用いられた際にロシア側が不発弾を打ち返してきた逸話でも知られるように、上で挙げた貫通弾には不発の物もいくつかあった。
破壊効果は大きく落ちるが、不発化してしまえば炸裂タイミングは関係なくなるか。
(陸上だと軟目標に命中して不発という事が多いらしいので、単純に比較できる事ではないが)

なお甲板貫通後の破壊効果は微妙と言わざるを得ない。
まず先述したように不発弾が少々あったのに加え、肝心の炸裂弾もポルタワへの一発を除いて艦の着底理由には水中弾の方が影響が強かったとされている。
砲塔天蓋への命中弾や弾薬庫の誘爆を起こせなかったのはやや不運だが、結果だけ見れば決定力不足。

垂直装甲への効果は、そもそも落角の関係で命中弾が少ない事もあって殆ど無い。
4~6インチのニッケル鋼、ハーヴェイ鋼、クルップ鋼からなる上部装甲帯や副砲装甲にヒビを入れたり圧入させた例はあるが、貫通はできていない。

最後に水中弾は日露戦争やユトランドで発生した例(装甲配置に関するメモにて掲載)よりも、大きな損傷を与えている印象を受ける。
各艦とも水雷防御隔壁を持たない点、燃料を陸揚げして石炭庫の防御効果が薄くなっていた点が関係しているのだろうか。
そして50度+の落角では発生率は高くないはずだが、この点も信管と同じく謎。

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・信濃主砲塔前盾と伝わるVH鋼板に対する米戦艦主砲弾の射撃テスト
以下の記事から一部抜粋 ttp://www.navweaps.com/index_tech/tech-040.htm

対象 VH(ヴィッカース無浸炭表面硬化鋼)厚さ660mm  厚さと材質、形状から大和型戦艦の砲塔前盾用。(注 超大和型に用いる予定の装甲板とする説もある)

使用砲弾 16インチマーク8 mod6 (注 米新戦艦の16インチSHSの内大戦末期に製造された物)

撃速1992fps(607m/s)撃角0度 正貫、弾完 
撃速1707fps(502m/s)撃角0度 栓入(53cm程)、弾完

以下の実験から米軍は、撃角0度での同砲弾の均衡速度を1839fps(560m/s)と推定。
実際の主砲前盾は傾斜45度
で取り付けられるため、いかなる距離でも貫通不能、とも判断された。

以下管理人の推測
アイオワ級の初速2500fpsで同砲弾を運用した場合、距離15km程度で均衡する
その場合落角が10度程になる点を差し引いて考えれば、垂直に置かれた660mmVH鋼は距離12km程度から貫通できるだろう。
一方低初速で運用するN.カロライナやS.ダコタの場合9~10km程度まで近づく必要があるか。

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総括など

12/31
2017年の総括的なものを簡単にしてみようかと

やったことと言えば年始に雑記に書いた事をきっかけに、91式以前の日本海軍の砲弾について調べたりと、どちらかというと海軍休日前の艦艇に重点を置いて更新したと思う。
それどころか装甲艦時代にも手を出したり。
ぶっちゃけネタがなくなりつつあるというのもあると思うが、結局は歴史上の流れを語るという事で、管理人の拙い文章でも戦艦という兵器が進んできた流れの一部を感じてもらえれば幸い。
あとは結局10か月以上もかかった横方向の角度をつけた場合など表の修正・追加作業か。
これをやっちゃうと「安全距離って意味あるの?」という話になってしまうので色々と難しかったが、そこらへんは近日補足のページで私見を述べたい。

一方で参考資料や実は残してある更新履歴のページから分かるように、15・16年と比べて更新頻度や量が落ちた事は否めない。
(逆に以前が更新しすぎだった。学生特有の人生の無駄遣いというか)
正直以前のペースは取り戻せそうにないが、書きたいことはまだ一応あるので、興味のある人はこれからも管理人の電波に付き合ってもらえればと思う。
あと来年はサークルページから独立するかも(リンクを消すだけになるかもしれないが)

2018年末 ↑2017年の今頃抜かしていた言葉を晒しておく。なにも進んでいない
これに関しては斜撃とか海軍戦術は砲術とか操艦の話が大きくなっていくので、その知識がなかった、生活の変化等でそれらを吸収する事自体も難しかったと言い訳しておきたい。
もちろん上記の事柄含め出来次第公開したい内容はまだあるし、修正が必要な部分も目に付くので、よほどの事が無い限り放置する事はないと思うが。

2019年の振り返り(12/25)
今年になって特に後悔している事は、やはり1ページが長すぎる事である。
あくまでHP内の1コンテンツであるのだから、ページ数が増えすぎるのは良くないと思っていたわけだが、そのせいで知識量が違う時期に書いた文章が混在する、九龍城塞のような文章になってしまった。
特に日英戦艦編や捕足のページとかは通しで読めたものじゃない。結局首が回らずに殆ど直せなかったのは残念である。(Jstorも登録しといてロクに読めてない)
あと艦首戦闘の是非も二年以上放置して出来ていないが、まあ艦や戦術によって違うよと言う事を例を出して説明するだけなので、機会さえあればなんとかなるとは思われる。

一方で今年も更新は続いたので、一応成果と言える物もあったのではないだろうか。
第一に低クオリティであった巡洋艦編を独立させて、若干内容を増す事ができた点(現在更新中だが)。
そして砲塔天蓋への表面硬化装甲の使用であったり、カサブランカ海戦におけるジャンバールの被弾例など、数年越しに訂正する事が出来た点。 
装甲や砲弾の話など、各ページがこんがらがる一因になってる部分の移設も一応始まった点なども(やっぱり少ないな)

これからやりたい事として、以下の点を挙げておきたい。
・巡洋艦編の完成 残りの艦はどうしても情報量が少なくなっていくので、表が出来ればすぐ完成するだろう(楽観)
・砲弾の歴史と性能基準の明文化 補足のページあった文章を修正して移すだけでなく、本文で砲弾の話になったときは、とりあえずここを読めと言える程度の内容にしておきたい。
・補足のページなどの構成変更 わがままを言うと全ページなんとかしたいが・・・
・艦首戦闘をいい加減終わらせる 内容的には大丈夫な気がするが、構成上どこに置くか迷う
・年表の作成 どうしてもやりたい。資料性のある物を残すのが本ページの最終目標と言っても良いので
・図の作成 年表に合わせて代表的な物はなるべくカバーしたいが、掛かる時間的に優先順位は低いだろう

他にも抜けてる部分として確認できるのは、第二次大戦以前の主力艦の部分だと米、伊、露海軍編、それ以降では伊リットリオ級の計画案、帝政ロシア16インチ砲艦案など。
あとメモ系では水中弾の残速と装甲貫通能力、水平装甲配置のちゃんとした分類の試みも。
まあこちらは余裕があればと言う事で。(でもイタリア級装甲艦はなんとかして書きたくもある)

2020年の振り返り(1/2)
達成目標

・水平装甲配置の分類 → 2019年のうちに完成
・砲弾の歴史と性能基準の明文化 → 歴史部分の書き直し、性能基準・各砲弾の評価の部分などを追加しほぼ完成
・巡洋艦編 → ほぼ完成
・構成変更 → ロシア戦艦編の弩級艦以前を追加、補足のページほぼ改稿、日本戦艦編八八艦隊未成艦以外を改稿  
・艦首戦闘の是非について → 要約のみ先に追加

以上のように、年始に挙げた目標すべてを達成できたわけではないが、ここ数年の中ではかなり書けた年だったと思う。(後半に失速したが)
更新できた部分については、少しは読める内容になったのであれば幸いである。もっとも、一ページが長すぎるのは変わりないと言われるかもしれないが。
あと更新内容とは関係のない部分で、少しは視野が広がったのも去年の収穫だったが、まず書くことはないか。

今年はまず日戦艦編の残りをなんとかするとして、終われば順番的に英以降も改稿して行きたい。結局全部不満があるので時間が許せば、という部分も。
なお個人的な満足度的な物はこんな感じ。
ビッグセブン編、新戦艦編、中戦大巡(満足度や内容の良し悪し関係なしに既に完成) 
日本戦艦編(改稿範囲はあと僅か)>>>>米国戦艦編(内容はともかく改稿したい部分が大半)>ロシア・ソ連戦艦編、ドイツ戦艦編、伊仏戦艦編(一部改稿したが肝心な部分がまださっぱり)>英国戦艦編(すべて足りない)>その他戦艦編(そもそも未完成)

改稿目標と進捗
日本戦艦編の八八艦隊を終わらせる(2020年の残り)
英戦艦編(特にQE級以前の弩級艦、一次大戦後の主力艦案など) 6/30 装甲艦全般並びにダンカン級までの前弩級戦艦まで完了
その他(他ページ改稿、年表や図の作成。出来るなら) →  1/4 放置していた中戦・大巡編が一応完成、2/16独装甲艦時代の解説追加 4/28 オランダ戦艦の解説(5年ぶりに)完成、7/28 南米戦艦の解説改稿

 

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